第3話 イズガルド
馬車に乗ってきた、ルルさんのお兄さんのゴードンさんは、
僕とルルさんを荷馬車に乗せイズガルドに向かった。
藁が敷き詰められたそこは、かなり乗り心地がいい。
これならルルさんにもあまり負担にはならないだろう。
お兄さんを含めた僕たち3人は、村に着くまででいろいろ話をした。
馬車でルルさんの具合が悪くなった事から、僕が治療もできる薬師だという事。
出来れば、イズガルドで仕事をしたいと。
物好きだと笑われたが、終着駅のトルネドですら大した薬屋がないので、
それが実現すれば、自分達もとても助かるとも言われた。
「なんたって、デニスさんは、私と赤ちゃんの命を救ってくれた人よ。
腕は確かなんだから。」
いえいえルルさん、それは買いかぶりすぎです。
村に着いてみるとルルさんの話通り、
イズガルドはとても小さな村で、やはり宿などなかった。
ここは道の最終地点のようなもので、
細い道の先は鬱蒼とした森だった。
この先のケモノ道を15キロぐらい歩けば、違う村に着くらしい。
でもその村に行くには、来る途中の町から乗り替えの馬車が出ているから、
このケモノ道を行く者はほとんどいないと言う。
「あそこの森には魔獣が出るの。
だから決して入ってはダメ。」
襲われて大怪我するかもしれないし、
戦えないデニスさんなんて、簡単に食べられちゃうんだからね。
だからくれぐれ近づいちゃダメ!
ルルさんはそう熱弁をふるっている。
どれだけ怖い魔獣がいるんだろう。
イズガルドの人も、いくら近道になると言ってもその道は使わず、
かなり遠回りをして隣の村に行くそうだ。
「森にはいろいろな薬草が生えているらしい。
おっと、これは余計な情報だったな。
できれば、いや、俺もあの森には絶対入らないほうに賛成だ。」
森に行くのは、力がある狩人か、
よっぽどの命知らずだとゴードンさんに言われた。
でも、薬草が生えているのか…。
そう聞いてしまったら、薬草を探しにぜひ行ってみたい。
何とか方法がないか、後で考えてみよう。
何やかやと話をしていると、いつの間にかイズガルドに着いてしまった。
そうだ、今日の寝場所を考えてなかったっけ。
「だから、今日はうちに泊まって下さいてば。
この先の事も、父さん達に相談すれば何とかなると思いますよ。」
どうやらルルさんのお父さんは、イズガルドの村長さんだそうだ。
一応野宿の用意もしてあったが、
僕はまたまた、お言葉に甘える事にした。
「話はゴードンから聞きました。
ルルが大変お世話になったようで、何とお礼を言ったら言いか。」
ルルさん達のお母さん、マリアさんに家の中に通され、椅子に座る。
「そんな、僕は出来る事をやっただけです。」
「どうぞ此処にいる間は、我が家だと思って寛いで下さい。」
「ありがとうございます。
お言葉に甘えて、今晩は御厄介になります。」
国を出る時は、野宿も覚悟していたが、
屋根が有りればそれに越したことは無い。
その後、仕事から帰って来たルルさんのお父さんのマイケルさんと共に、
マリアさんの手料理をごちそうになった。
野菜が中心の料理だったけど、
僕に取っては、久しぶりの心のこもった暖かい料理だった。
「このイズガルドで仕事をしたいとの事ですが、本気ですか?」
「はい。」
「何と物好きな。
この村は人口も少ないですぞ。
隣町からも客が来るかもしれないが、さほど儲けがあるとは思えませんが。」
「儲けなど考えていません。僕一人が生活できて、
薬の材料が仕入れられるぐらいのお金が入ればそれでいいんです。」
「それでいいんですか?
ただでさえ貴重な治療魔法士様が儲けも無く?」
「そんな、僕はそんなに腕がいい訳ではありませんし、本業は薬師です。
多分たいして皆さんの助けになれないと思います。」
「そんな事ないわよ!」
そうルルさんが意気込んだ様子で言う。
「実際治療してもらった私が言うのよ、すごかったわ。
もう、痛くて、苦しくて、お腹の中で赤ちゃんが苦しがっているって分かるの。
助けてって。
それが薬をもらって、お腹に手を置いてもらっただけで、
すうっと気持ちが良くなって、ああもう大丈夫だって分かったの。
その後はぐっすりと寝ちゃったけどね。」
大きなお腹を摩りながらアハハとルルさんは笑う。
「私達に取っては願ったり叶ったりですが、
本当に、此処で治療院を開いて戴けるのですか?
もしそうなら、ちょうどいい家が村のはずれにあるのですが……。」
「本当ですか?」
「ええ、3年ぐらい前まで一人暮らしの婆さんが住んでいた家なんですが、
こんな年をとった体じゃあ此処で暮らしていけないと言って、
町に行ってしまったんです。
二度とここには戻ってこないから、
この家は煮るなり焼くなり好きにしてくれと言ってね。」
「それでは、そのお婆さんは何処に行ったか分かりませんか?
ぜひ貸していただきたいので、お話に行きたいのですが。」
「それがねぇ、行先も告げず行ってしまったから分からないんですよ。
ただ、家の権利書というか、書付と鍵を村長の私に預けて行ったから、
あそこは私の判断で好きにしてくれという事だと思います。」
「それでは……。もしよろしければ…。」
「ええ、宜しければ、ぜひそこで治療院を始めてください。」
「ありがとうございます。僕も少しでしたら蓄えがありますし、お家賃もできるだけ払わせていただきます。」
「おやおや、言ったでしょう。
あの家は、その婆さんが捨てて行ったような物だって。
私が家賃をもらうわけにはいきませんよ。
それにこれから私達があなたにお世話になるんです。
どうか気にせず使ってやってください。」
「そんな…、では、お家賃は貯めておいて頂いて、おばあさんに会った時渡していただけますか?」
「あの婆さんは、きっともうここにはもう帰ってきませんよ。
なんたってもう90歳を超えていましたからねぇ。
ですから、あなたにあの家を使っていただいた方が、きっと婆さんも喜びますよ。
ただ、もう3年以上も放ってあるので、中がどうなっているのか分かりません。
たぶんかなり手入れが必要になると思いますが。」
「そんなの構いません。
ここに住めて、治療院が出来るならどんな所でも構いません。
すぐにそんな場所が見つかるなんて、それだけですごい幸運なんです。
僕、できる限り皆さんの力になれるよう頑張ります。」
「良かったわ。こちらこそよろしくお願いします。」
なんて幸運なんだ。宿がないと聞いたときはどうしようと思ったけど、
一気に開業できる家まで見つかってしまった。
お家賃は僕の方で貯めておこう。
そしていつか、おばあさんを探し出して渡すんだ。
それから明日、さっそく場所を教えてもらって家を見に行こう。
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