理想郷


理想郷


あぁ、土曜日を無駄に過ごしてしまった。休みは今日で最後だ。

憂鬱な気分になりながら11時と表示されたスマートフォンを開く。もう直ぐ昼だ。このまま家の中でダラダラ過ごすのもいいが、ちょっとばかり外の空気も吸いたい。


適当な服をひっ掴み、外に出掛ける事にした。飯でも食いに行こう。味の濃いものが食いてぇ。でもまだ腹はそこまで減ってない気がする。どっかでコーヒーでも飲んでも良いかもしれねぇな。ラーメンか何か食おうと思ったが、腹が大して減ってないせいで、何も考えずガンガン歩き、店も何も決まらないまま来たことのない場所にたどり着いてしまった。


喫茶店のような暗い店が一件だけ見つかった。中が良く見えないが、オープンと古ぼけた文字で書いてある。

入り辛いので一瞬迷ったが、まさかまさか喫茶店でぼったくりなど無いだろう。でかい男が出てきたらとっとと逃げちまおう。そんな馬鹿なことを考えながら、木でできた古い扉を開けてみる。


「おや?珍しい。お客さんかい?」奥からしょぼくれた爺さんが出てきて。少し拍子抜けした。ここは喫茶店かと聞くと、どうやら昔の映画をそれも埋もれたものを出すらしい。腹もまだ減らねえし、一本ぐらいつまらねぇ映画を見ても良いかもしれない。飽きたら映画館の暗い中で寝ちまえばよい。どうやら映画館と言っても、個人の趣味で家の中で上映するだけで狭い部屋にソファに座って見るようだ。コーヒーも出て千円。これくらいならまあ良いかと、だらしない姿勢でぼうっと画面を待った。


どうやらこの映画は戦時中のものらしい。そもそも昔の俳優など知らないが、役者は中々いい男だ。婚約者役の目のやたらとでかい女優と別れを惜しみながら、出征していく。小さい村の人間から万歳三唱を受けながら故郷を発つ。次には教官に会い、激励と共に同期と一緒に入隊していく。きつい軍隊での訓練のシーン、ロシア出征。よくある戦争映画だ。それでも日中戦争が題材のものは初めてかもしれない。


白黒でよくわからねぇが、同期の死、尊敬する上司の死。ここまではよくある戦争映画だ。目と口と鼻から血を流しながら、国のため、家族のためと言いながら露助(ロシア兵?)に啖呵を切って突っ込んでいく。確か一度爆破でふっとばされているはずだ。よくそんな気になるもんだ。この役者の鬼気迫る演技はすごいと思う。あっ腹を撃たれた。これはもう死んだのではないだろうか。さっきまで口をつけていたコーヒーはすっかり冷めていたがこれはこれで良い。いつの間にか姿勢は真っ直ぐとなり。背筋を伸ばして見ている。

今度は故郷のシーンになり婚約者が家事をしている間、皿が一枚割れた。

「○○さん・・・。」婚約者が呟くと、婚約者の家の戸が開くシーンになり、今度は野戦病院のシーンに切り替わる。何だこりゃさっき主人公が死んだんじゃねぇんか。


はっと男が病院で目を開けると、腕が一本無くなっていた。どうやら撃たれたのは腹じゃなく、腕だったらしい。撃たれた場所が悪かったらしく切り落としたとのことだ。男は婚約者の夢を見たと言って。同期と盛り上がっている。露助(ロシア)が降伏してもう直ぐ帰還できるらしい。


またシーンが切り替わり、故郷に帰り、家族と喜び合っている。その後テロップで監督の言葉が流れる。背景は海の穏やかな映像が流れている。「私はこの青年と婚約者をどうしてもこの物語の中で殺せなかった。この二人は第二次世界大戦中戦禍にのまれ、失った長馴染みの二人にそっくりだった。」そのテロップを肘をついて読みながら、中途半端なところで終わりやがって知らねえよ。と思って冷めたコーヒーをゴクゴク飲んだ。


また、画面は切り替わり、高度経済成長期の昭和に移り、笑顔の中生活する人々が映る。大きな声でガラクタを売る露天商。駄菓子屋で菓子を選ぶ子供達。縁側で膝の上の猫を撫でるお祖母ちゃん。最後にまたテロップが流れる。「私達は誰かが夢見た世界の中に生きている。」その言葉が流れた途端、何かがぐっと胸に刺さった気がした。あぁそうかこれを作った爺さんはそれをよく知っていたから主人公達を殺せなかったのか・・・。


ただの古いB級映画と高を括っていたが、途端に腹に重いものが降って来た気がした。映画を見た後、どうだった?とにこにこ映画を上映していたオヤジが出て来て、おまけで温かいコーヒーをもう一杯くれた。最後の言葉だけが監督の背景を思って刺さったが、後は特に思う事もない。映画を語るのが嬉しそうなオヤジさんと適当に映画を褒めながらコーヒーを飲み終え、小さな映画館を後にした。とんだ映画オタクの趣味だ。


 コーヒーだけでは、やはり腹が減るので、ブラブラ歩いてたどり着いたラーメン屋に入り、醤油ラーメンを頼んですすりこむ。腹が大分減っていたので大盛にしたのが良かった。なかなか旨ぇ。当たりを引いたようだ。こんな時でもあのテロップが流れるから困ったもんだ。


 温かい飯が食える。命を掛けなきゃいけない場面なんざない。狭いが快適な一人暮らしの部屋もある。自分じゃ見えていない自由もいくらだってあるんだろう。情報だって、飯だって、平和だってちょっと前の人間には駆けずり回ったって手に入らなかったものだ。この満腹感すらも貴重なものなんだろう。単なる三流映画の癖に最後の最後の一言でこんなにも刺さるとは思わなかった。


 確かにおかしな話だ。こんな豊かな世界で暮らしておいて俺は何を毎日ブーたれているんだろう。今日は外に出て良かったもかもしれない。明日の自分が何を考えているかなんて知らねぇが、明日もきっと俺は誰かが夢見た理想郷に生きているんだろう。家に帰ったら昼寝をして今週最後の休日を楽しもう。俺は久々に晴れやかな気分になってニヤニヤ笑いながら、元来た道を戻っていった。



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