3 夏海人と天狗

私は天海殿の家を出たあと、真っ直ぐ山に向かった。

天海殿の家から島全体を見渡した時、山が見えてそこから強い気を感じたのだ。そしたら今すぐその気の主に会ってみたくなったのだ。

一体どんな人間があそこの山にはいるのだろうか。久しぶりに私はワクワクしたのだ。

その途中私はいろんなものを目にした。島の中で会うのはみな、人ではなかった。最初に通ったのは獣人村と呼ばれる村だった。そこには動物の耳と尻尾を持った人間がいた。最初は驚いたがすぐに慣れた。その者たちは悪い者たちではなかった。見知らぬ私にもみなは優しく挨拶をしてくれて話しかけてくれた。だから、見た目の違いなど些細な事。気にする必要はあるまい。

その獣人村を通って真っ直ぐ行くと山が現れ、その山を登ることにした。その山はそんなに高くない。小高い丘ぐらいだ。

あまり息が上がることもなく頂上に辿り着くことが出来た。


頂上は見晴らしがよく島のすべてが見えた。

気持ちの良い空気を吸い、景色を眺めていたらどこからか大きな翼を広げた大きな何かが私の近くに降り立った。

「人間がこんなところに何の用だ」

大きく野太いよく響く声が私の頭上から降って来た。この声の主こそ私が会いたかった人物だと直感した。

恐怖に囚われながらも私はなんとか後ろを振り返った。するとそこには天狗がいたのだ。天狗のイメージそのままの。赤い顔と高い鼻のあの天狗だ。

「ガッハハッハ!冗談だ。お前たちの事は聞いている」

天狗は豪快に笑ってそう言った。

それを聞いて私は緊張から解放されて大きく息を吐いた。

「あなたは天狗ですか?」

私と天狗は近くのベンチに座った。そして私はそう聞いてみた。もう分かっている事だが一応そう聞いておくことにした。

「あぁ。そうだ。わしの名前は神山かみやまだ。よろしく」

そう言って神山殿は私に向かって手を差し出した。握手を求めているようだ。私はそれに答えて握手した。

「こちらこそよろしく。私は天草夏海人あまくさみなとです」

握手に答えながら私もそう自己紹介した。

「そうか。夏海人はしばらくこの島にいるんだよな?」

神山殿はベンチに座り景色を眺めながら僕にそうさりげなくそう聞いてきた。

「はい。そうです。誰もこの島から出られなくなってしまったので、私たちもこの島から出られないのです。出られるようになるまでは私たちもこの島に居ることになります」

私もベンチいから景色を眺めてそう答えた。

「そうか。それは大変だな」

神山殿は私の事をちらっと見てそう同情したように言った。天狗の神山殿は顔に似合わず優しい方のようだ。

「同情は必要ありませんよ。私たちは別に悪い事とは思っていませんかたら。むしろ私たちはラッキーだったと思っていますから」

そう言って私は神山殿の方を見て笑った。私は今とても楽しい。こんなに楽しい場所はない。この島は未知のことばかりなのだろう。まさか、天狗までいるとは思っていなかった。だとしたら、この島は思っている以上に楽しい場所なのだろう。私の知らないものが沢山ある。それに、そう言えばこの島には神様が居たじゃないか。神だぞ。本当に信じられない話だな。今でもにわかには信じられないことだがね。なんせあの恰好だしね。到底神様とは思えない。確かに雰囲気は普通ではない。それに私の感覚にビシビシと感じるあの感覚。今まで感じたことのない感覚。あれは神だと私の勘が告げている。でも、どう考えても普通の人間にしか見えない。まぁオッドアイや白の様な銀色のような髪の色は普通ではないけれど。

普通じゃないのは面白い。とても。

「そうか。安心したよ」

神山殿は安心したように笑った。やっぱりこの人は優しい。まぁ人ではないけど。私は神山殿の人が好きだ。かっこよくて優しくて。

「心配してくれていたのですか?」

私はからかうように笑ってそう聞いた。怖い顔をしているくせにそんなこと心配していた神山殿を想像するとなんだかおかしくてついつい私はそんなことをしてしまったのだ。立派な大人のおっさんが同じくおじさんをからかうなんて子供じゃないんだから、するべきではないよな。と、思いはするのだが。怖い顔なのに優しいなんてギャップにやられてしまったのかもしれない。ヤンキーが子犬を拾っているような感じだ。なんだかグッと来てしまった。

「いやっまっまあな。別にお前たちの事を心配したんじゃないぞ。ただ、この島の者たちを心配しただけだ」

神山殿は照れたようにそう言ってそっぽを向いてしまった。少し怒らせてしまっただろうか。でも、それはたぶん照れ隠しな気がした。島の者たちも心配していたのだろうが、きっと私たちのことも心配してくれていたのだろう。何となくそんな気がしたのだ。

「そうですか。まあそうですな。もし私たちがこの島の方たちを恐れたらどんなことが起きるかわかりませんし。そしたらその島の方たちは傷ついてしまう。そうなったらかわいそうですからな。それを心配したと言う事ですか。やっぱり優しい方だ」

私は少し笑顔になったあと、真剣な顔になりそう言った。

「別にわしは優しくなど」

神山殿はまた照れたようにそう言って頭を搔いた。

「それにしてもいい島ですね。あっそう言えば私たちのことどうして知っていたのです?」

私はさっきから疑問に思っていたことを聞いた。まだ神様のところにしか言っていないのに。それにこの島に携帯電話のようなものはなさそうだし、固定電話もないようだった。なのにどうしてこんなに早く情報が伝わっているのだろう?それとも私たちが眠っている間に誰かが伝えに行ったのだろうか?それにスマホがないのにこの島の人たちはどうしているのだろうか。この島は電波も通じないのでこの島では私のスマホも使い物にならない、これはなかなかのショックだった。現代人はスマホがないと生きていけないというのに。これからどう暇をつぶしたらいいのか。

「神様から一斉連絡があったんだ」

「一斉連絡?」

私は意味が分からなくてそう聞き返した。

「あぁ。テレパシーのようなものだ。この島の者は全員神様と繋がっているのだ。わしの神山という名は神様が付けてくれたものなのだ。名前を付けられることで神様と繋がるのだ。そうすると神様とテレパスで繋がりいつでも連絡を取り合うことが可能なのだ。それにそれ以外の利点もある」

神山殿は神様の家を見下ろしてそう話してくれた。テレパスか。それは便利なものがあるのだな。この島の全員に一斉に情報を伝えられるのだから。

「それ以外の利点ってなんなんだ?」

ついつい私は気になってしまった。名前だけで繋がれる。そんな不思議なものも気になる。だが、あえて言わなかったような、含みを持たせた言い方がどうも引っかかったのだ。

「それはまだ言えない。それに何もないときは特に必要ない、使わないものだからな」

そう言われると余計気になるのだが。でも、まあ。神山殿がそう言うのなら無理して聞き出すこともないだろう。

「じゃあ、この島の事教えていただけませんか。まだ来たばかりですし、それにしばらくこの島に居るというなら知っておきたいので」

「いいだろう。教えてやろう。まず、この島の名前は星ノ島と言う。この島が誕生したのは約1000年前だと言う」

「1000年も前ですか」

私は驚いたようにそう呟いた。でも、よく考えれば日本と言う国はもっと歴史が長い。それを考えると1000年なんてまだまだ歴史が浅い。だったらまあ信じられない話でもないか。それにしても日本の歴史は凄いよな。改めてそう思う。日本は世界最古の国なのだし。

「それでこの島は神様がこの世界からはみ出た者を救うために造ったらしい」

「この世界からはみ出た者ですか」

「あぁ。たとえば、わしのような人間の世界でも天狗の中でも生きていけなかった者のことだ。わしの他にもいろんなやつがいる。人魚や獣人など。人間に似ているけど人間ではないもの。そういうのを人間は受け入れられない。仲良く共存など不可能なのだ。そういうのは殺されるか捕まえられるのがオチだ。だから、そういう者たちが安心して暮らせる場所を造ったのだと言っていたことがある」

「なるほど。そうですか。案外あの神様も優しいんですね」

「まぁでも、自分が楽したいからとも言っていたがな。この島に居れば神様は働かなくて済む。天界に居る時はなんだかんだ働かされていたらしいからな。あの方は働くのが嫌いらしい」

そう言って神山殿は笑った。一体どっちなのだろうか。というか天界とはどんなところなのだろうか?働かされるか。さっき言っていたことを理由にこの島を造って下界に降りてきたと言う事か。どういう事かは分からないが天界というところも組織のようなものがあったり会社のようなのがあったりするのだろうか。天界とは天国のことだろうか?すべてが謎で面白い。知らない方が面白いかもしれないな。


そのあとは神山殿からこの島に暮らすものについていろいろと話を聞いた。この島には実にさまざまな種族が暮らしていると分かった。

そしてある面白い話をしてくれた。

昔、神様が気まぐれで隠したと言う宝箱の話だ。

お宝などには興味がないが、でもその過程は楽しそうだ。海星でも誘って明日、宝探しをすることにしようか。

それから私たちについての話もした。私の家族の事。そして仕事のこと。私たちの暮らしについてなど、さまざまな話をした。


そんなこんなで話をしていたらどんどん日は傾き、日が暮れ始めていた。

そして、今日は神様の家で持ち寄りパーティーと言うのがあるらしく私は神山殿と一緒に神様の家に向かうことにした。

なんでも島の全員が集まるのだそうだ。なら私も行こうということになった。

皆で食べる物を持ち寄って一緒にワイワイ食べるのだそうだ。こんな楽しそうなことに参加しないわけにいかない。

島の全員が集まるだなんて楽しみだ。話に聞いた者たちをこの目で見ることが出来るのだ。楽しみ以外の何物でもない。

「海星、夏海人さん。聞こえる?」

どこかから誰かの声が聞こえてきた。俺は驚いて思わず立ち上がってしまった。

「えっ?さやこさんか?どこにいるんだ?どうして声が聞こえるんだ?」

俺は辺りをキョロキョロ見回してそう叫んだ。どこにいるか分からないからついつい大声で叫んでしまった。

それにどこからか海星の声も聞こえてきた。空の声は聞こえない。一体どういう事なのだろうか?疑問が頭の中をぐるぐる回っている。

「まぁそれはいいから。手伝ってほしい事があるの。神様の家の大広間に来てくれる」

それだと言うのにさやこさんはそう言うと通信を切ってしまったようだ。さやこさんは相変わらずさやこさんのようだ。

まあ考えても仕方ないか。

「そう言う事だから、神山殿。私は早く行かないと」

声は俺だけに聞こえるものではないようだったから当然神山殿にも聞こえているだろう。だからそう言って俺は山を下りようとした。

「待て。急ぐのならわしが送って行こう。わしの背に乗って飛んでいけばすぐだ」

そう言って私が山を下りようとするのを止めた。

「いいんですか。すまない。頼むよ」

そう言うと私は神山殿の背に乗った。

飛べる。子供のころからの夢が叶う。こんなに嬉しい事はない。しかも、天狗の背に乗って飛べるのだ。

体格が私の一回りはでかいとはいえ、大人のしかも体格のいい方の私を背に乗せて飛べるとは凄いな。

ドキドキしながら神山殿の背に乗ると本当に飛び立ち空を飛んだ。

山から神様の家までは本当にあっという間ですぐ着いてしまった。とても風が気持ちよく景色も素晴らしかった。

これは一生の思い出になった。一生忘れることはないだろう。目に焼き付いている。

これから経験することもきっと一生忘れることの出来ないものになるのだろう。

本当に言ってたようにすぐに神様の家に着いた。

そして、神様の家の大広間のところのベランダに降り立った。




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