第22話 夜話1

 その夜、夕食後に主が部屋へとやって来た。夕食時に目が合ったときの奥様の様子は不自然だったが、それは今のところどうでもよい。主はこちらからで向くといっても聞かず、やむなく部屋に迎え入れることになった。

 床よりも高い寝床に主は腰掛ける。立っていると座るように促されたので、一礼して隣に腰掛けた。腰掛けたのはいいが、なかなか話が始まらない。

「ステア様、話とは何でしょうか?」

 部屋にやって来た主の目的は話すこと。問題は話の内容だ。しかしその話が始まらない。やむなく急かすような形にはなるが、こちらから声をかけていく。

「そうね、何と言っていいのか…」

 部屋までやって来た主だが、こちらから声をかけても話し始めることはなかった。隣に腰掛け、ジッとこちらを見ている。

「どうかなさいましたか?」

「え? いや、その…」

 何かに悩んでいるようだ。視線は泳ぐし、呼吸は少し乱れている。しかしそれを払拭するかのように、何度か大きく息を吸っては吐く。表情から意を決したように見えた。

「サクラ、私ね…妾の子なの」

 そこから少し間を置き、言葉が続く。

「お金を使わせてもらえる権限もないし、家の中だけじゃなくて王侯貴族が集う社交界の中でも肩身が狭いの」

 家族であるはずなのに家族としての扱いを受けていない。そういうことはまま起こりうる。その原因は多岐にわたるが、主の場合は妾の子というのが原因のようだ。

「私と一緒にいると今日みたいな事もまた起こる。いつかは起こると思っていたから、早いうちに追い出そうかと思っていたけど、思いの外早くて…その…ごめんね」

 アルフォウス家の私兵団長率いる一団の突然の行動。その原因が自分にあると感じているのか、主から謝罪の言葉が問いだした。

「初対面の時は少し偉そうにして、ちょっと嫌な奴とか偉そうだなとか思われたら追い出しやすいかなって思って変な態度もとっちゃったし…」

 なにやら懺悔の時間のようになってきた。

「まぁその…つまり私と一緒にいるとろくな事が無いって事。給金もろくに出せないし、危ない目にも遭うし、肩身は狭い。最悪でしょ」

 もはや割り切って自虐をしているように見えてきた。

「あなたの前にもね、何人も使用人がいたの。でも、みんないなくなっちゃった」

「それは、今日のようなことが原因ですか?」

「それもある。最初の使用人は仲良くなった時に、いきなりあいつらがやって来たの。戦ったこともなかったのに、あいつらにおもちゃのようになぶり殺しにされたの。私の目の前でね」

 私兵団長のメッデス達の様子が慣れているように感じた。その理由は主の侍女を殺すのが初めてではなかったからだ。

「他の使用人達にいじめられて大怪我をした子もいたし、わざと金銭的に締め付けて苦しめられた子もいたの。後は、偽物もいたかな」

「偽物?」

「私と仲良くなったところでネタばらし、ってやつ。仲良くなったふりをしていて実は私の使用人じゃなかったの。仲良くなったこと自体が嘘だって言って、大勢の使用人達で私を笑っていたの」

 このアルフォウス家に仕える使用人達はずいぶん暇なようだ。

「でもサクラは襲われたから偽物じゃない。強いみたいだからあれくらいのことはどうって事無いかもしれないけど、今後もきっとあなたの身に危険が及ぶと思う。だから…」

 主はそこでまた間を置く。いや、間を置いていると言うより、次の言葉を発する決心が揺らいでいる。なかなか言葉にできないようだ。

「…私と、一緒にいない方がいい…と思う」

 主はなんとか小さい声を絞り出した。

「それは私との主従関係を切る、という事でございますか?」

 一緒にいない方がいい。そう言われてしまえば、主従関係を終わらせる意思表示かを確認しなければならない。

「違うの。そうじゃないの。でも、そうしないと…」

 こちらの身の危険を心配しての言葉のようだ。主は本心から主従関係を切りたいとは思っていない。短い時間しか見ていないが、主に味方らしい味方はいない。唯一の味方は主に仕える本物の使用人のみ。それを自ら手放したくはないが、今までを考えれば手放さなければならない。そういう判断なのだろう。

 なら、考えるまでもない。返事は決まっている。

「この命はすでにステア様に捧げております。私が不要となればそうおっしゃってください。いつでも出て行きます。ですが私が必要であるというのであれば、この命尽きるまでお仕えさせていただきたい」

 一度主従関係を結んだ以上、この命は主のためにある。

「私がステア様と袂を分かつのは、私が不要になったときか、私が任務を仕損じて死んだときだけです」

 裏切るという選択肢もなければ身勝手に出奔するという選択肢もない。それを強く、主に言い切った。

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