第21話 標的6
全ての大男達を地面に転がし終えた。わずかに間を空け、建物から子供達が飛び出してきた。
「お姉ちゃんすげーっ!」
追いかけっこの遊びは継続されていないので素直に囲まれることにした。子供達の輝くような瞳が集中する。このような経験は今まで無かった。初めて向けられる眼差しとそれが集中する感覚をどう受け止めればいいのかわからなかった。
よって特別変化は見せないよう、平静を装う事に決めた。
「ステア様、ひとまずこういう結果と相成りました」
周囲を取り囲む子供達の輪の外にいる主へと結果報告を行う。呆然と立ち尽くしているだけの主から返答はないため、こちらから再度伺いを立てることとする。
「まだ誰も死んではいませんが、主がお望みならば全員始末いたします」
そう言った瞬間、意識はあるが立ち上がれなくなっている大男達が数名、情けない悲鳴のような声を漏らしながら逃げ出そうと地面を這いずり始める。
「そう…ね」
主の目が這いつくばっている男達を見る。その目は今までの主とは様子が大きく異なっていた。明らかな敵意が、瞳に宿っているのだ。
「ゆ、許して…ください…」
主に向かって大男達が命乞いをする。それがさらに主の表情を冷酷なものへと変貌させる。そんな主の表情を見て、子供達の視界の外でどう始末するかを考え始める。
「ステア様、あの方達と同じになってはいけません」
尼僧がステアの肩を掴む。目の前に立って、強く言い聞かせるように、言葉を続けた。
「あなたは確かにずっと傷つけられてきました。そして今は傷つける力をあなたが持っています。その力を使うことは、あなたを傷つけてきた人達と何も変わりません」
尼僧の言葉が冷酷に凍り付いていた主の表情を溶かしていく。徐々に今まで通りの主に戻っていき、大きなため息を一つ漏らした。
「私はあなた達を絶対に許さないから」
主は許しを請う男達を強く睨み付ける。そして事が起こる前へと戻り、こちらに視線を向けてくる。
「サクラ、目障りだから全員追い出して」
「御意」
子供達の見えないところでどう始末するか。その考えは不要となった。
「動ける者は動けない者を引きずって、立ち上がれない者は這いつくばってでも立ち去ってください。そして二度とここへ…いえ、ステア様の視界に入らないように」
大の男達がよたよたと頼りない足取りで、情けない醜態を晒しながら逃げていく。彼らと主の過去に何があったのかはわからない。不完全な形とはいえ主の鬱憤を少しでも晴らすことができたのであれば、この結果はまずまずという認識でもいいのかもしれない。
男達がいなくなり、広場には平和が戻った。ただ穴が開いたようにへこんでしまった広場の地面だけが心残りだ。
熱が冷めない高揚した子供達が遊びを再開した。なにやら拙い動きで戦いの真似事のようなことをしている。先ほどの真似事だろうか。
「サクラ」
歩み寄って来た主に名を呼ばれた。呼ばれればこちらから行くのだが、主の方からやって来た。
「あなた…聞いてはいたけど、本当に…強いのね」
どうやら暗殺を生業にしていたという話はあまり本気にされていなかったようだ。
「私が強いというより、あちら側が初手から油断しすぎなのです」
訓練を積んだ侍を複数人相手にしていたようなものだ。雑兵や農兵を相手にするのとはわけが違う。それでも余裕を持って勝利することができたように見えるのは、相手が最初から油断していたからに他ならない。
最初からただの包囲の陣形ではなく、二重三重の波状攻撃ができる工夫した陣形であれば立ち回りも変わる。さらに一人一人が油断なく実力を発揮するとなれば、苦戦を強いられていたことだろう。白昼堂々、一対多数、丸腰と完全武装。この差は極めて大きい。
「…サクラ。少し話したいの。今夜、時間をもらえるかしら?」
「はい」
主の心に何か変化があったのかもしれない。主の求めに応じない理由はない。即答だ。
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