第20話 標的5
人体には負傷を負えば助からない急所という場所がある。重要な内蔵が主にそれに当たる。人を殺すすべとしてそういった急所を狙うよう徹底的に訓練された。今では考えるよりも先に身体が動くことさえあるほどだ。
剣が振り下ろされれば、それを避けて相手の懐に入り込む。槍を突かれれば、切っ先を逸らして持ち手を狙って武器を手放させる。拳を振り抜いてくれば、受け流して相手の背後に回り込む。その後の行動は全て人体急所を狙う。これでほぼ全ての敵は絶命までを待つしか無い状態となる。
しかし今はただの腕試しだ。向こうがどういう気でいるかは関係ない。ただただ腕試しとして、敵と認定した目の前の男達を打ち倒す。それだけだ。
「腕利きの戦士達がこうも容易くやられるとは…」
メッデス以外の全ての男達は広場の地面に膝を着いている。人体急所を突かれて呼吸が荒くなっている。しばらくは立ち上がることさえ困難だろう。
「だが、俺はそうはいかんぞ」
メッデスが外套を勢いよく脱ぎ捨てた。その身体は非常に良く鍛えられている。しかしその両腕の肘辺りから先は異様に太く、人体というよりも造形物のように見えた。
「この両腕でお前をミンチにしてやるぜ!」
そう高らかに宣言し、巨体とは思えない速度で突っ込んできた。しかしその突撃は単純な直線。猪を避けるように身を躱せば簡単に避けられた。
しかしその直後、地響きと共に轟音が鳴り響く。驚くことに、振り抜いた拳が一作りの広場の地面をえぐったかのように、その一部分だけ石が砕けて穴が開いていた。
「今のは挨拶代わりだ。次は当てるぜ!」
巨体を起こし、再びこちらに向かって突っ込んでくる。先ほどの直線と変わらないが、今度は両腕が大きく開いている。先ほどよりも大きな回避行動を取り、メッデスの両腕は空を切った。
「身軽だな。じゃあこれならどうだ?」
メッデスの突進は三度目。さらに先ほどと同じように両腕を開いての突撃。何かをしてくるようだが、何が違うのかまるで見当がつかない。駆け引きのための嘘という可能性も考えていたが、あの腕の意味不明な破壊力は驚異だ。全力で回避に意識を向け、巨体を迎え撃つ。
突撃してきたメッデスの片腕が大きく振り上げられる。まだ距離は十分だというのに何故それほど早く振りかぶる必要があるのか。その疑問の答えは、一瞬の後に判明する。
振りかぶった腕を振り抜くと同時に、メッデスの腕が一気に伸びた。
「…っ!」
回避行動に重点を置き、全神経を集中していた。そのおかげで伸びた腕に対応できた。わざと体勢を崩して地面に膝を着き、膝から上は仰向けの倒れる方とで仰け反る。このような避け方をしたのは今までで初めてだった。
「なかなかアクロバティックな面白い避け方をするじゃねぇか」
メッデスが突進しながらだったのも助かった。回避できたと同時にすれ違ってくれた。これが別の攻撃手段だった場合、回避行動後の隙を突かれていたかもしれない。
「なんですか? その奇怪な腕は?」
「あ? もしかして『機工化』を始めてみたのか?」
初めて見るどころか初めて聞いた。そもそもこの世界の常識にまだ馴染めてもいない。初見で初耳なのもしかたのないことだ。
「この機工化した腕に砕けないものは無い! お前もな!」
メッデスがまたしても突撃を繰り返してくる。伸びるだけでなく破壊力も驚異の腕。そんな攻撃を何度も避け続けるのは危険だ。どんな奥の手を隠しているかわからない。しかし攻め手に移るのも危険だ。一撃でも当たれば体中の骨が使い物にならなくなるだろう。
しかし同じ危険なら、勝算の高い攻め手に移る方を選択する。素手ではあるが腕以外は鍛えている以外は普通の人と大差ない。その点を突けば勝算はある。
突撃してきたメッデスに向かってこちらも動く。初速から全速で、向かってくる巨体よりも早く矢のように駆ける。その動きに一瞬驚いたのか、自慢の両腕の攻撃が遅れる。その隙を逃さず、衝突する寸前で跳び、巨体に手をかけて飛び越える。もちろん、すり抜けざまの一撃は忘れない。
「まさか…機工化した俺の両腕が怖くないのか…って、なんだ?」
巨漢がまるで涙を拭うように、太い手が目の付近を押さえる。そしてその手に血がついていることに目を大きく見開いている。
「腕試しなので今回は控えましたが、次は目を抉ります」
右手の指を揃え、まっすぐ手刀をメッデスの顔に向ける。素手で目の下指一本分のところを薄く切った。そこから流れた血が、巨体に似合わない涙のように流れている。
「お、お前…一対何者だ?」
人間、急所を突かれれば簡単に死ぬ。直接の死因にならなくても、目などの重要な部分は掠めただけで特に恐怖を感じる。そこを簡単に狙える実力を示したことで、最初のような余裕の含んだ下品な笑みは消え失せていた。
「私はステア様の侍女です」
それ以上の返答は不要。続行するか撤退するか、その判断はメッデス次第だ。
「俺は…お前なんかに負けるわけにはいかないんだよ!」
再度、巨体が突撃を行った。しかし今度の突撃とは違いまるで幼稚。がむしゃらな猪突猛進は容易に避けられる。目を潰すまでもなく、避けてすり抜けざまに手刀で後頭部を狙う。
「そうですか。残念でしたね」
巨体は糸の切れた操り人形のように、地面に倒れ込み動かなくなった。
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