第19話 標的4

 男達が包囲の陣形を取り終え、臨戦態勢となった。いつでもこちらに襲いかかれる。

「腕試し、とおっしゃいましたよね」

「そうだが?」

「一対多数ですか? それともあなたと一対一ですか?」

 メッデスに問いつつ、周囲を取り囲む男達を瞬時に観察する。全員が武器らしきものを所持している。いつでも武装できる状態だ。

「それと、武器はありなのですか?」

 メッデスは笑みを浮かべるだけで答えない。どうやら答える意味はないらしい。つまり結果は最初から決まっている。彼らはそう言いたいわけだ。

「まぁ、あまり細かいことは気にするな」

 腕試しというのも口実だろう。こちらが死んだところで、不慮の事故だとでも言えば済むのだろう。いや、そもそも咎められることすらないだろう。なら、問答は無用と言うことになる。

「ステア様」

 為す術無く視線を逸らしている主。呼びかけに応じるように、少しだけ顔を上げてこちらを見てくれた。

「こういう状況ですが、どう致しましょうか?」

 主は問いかけに視線を再び逸らす。目を合わせられない理由でもあるのだろうか。

「好きに…しなさい」

「…御意」

 主は好きにしていいと言った。ならばこの状況下で自分にできることは多くない。その中でも主のためとなる最適解となりそうな答えを選ぶほか無い。

「残念ながら今はこれといった武器は持ち合わせておりませんので…」

 侍女服の袖を捲り、前掛けを外して左手の拳から手首にかけて巻き付ける。

「素手でお相手させていただきます」

 そう言った矢先、メッデスが大きな声で笑い始めた。

「何か勘違いをしているようだが、これはただの腕試しだよ」

 顎で人を使うように、周囲を包囲する男達に指示を出す。一斉に武器を手に取り、殺気の籠もった視線を集中させてくる。腕試しなどとよく言えたものだと、呆れるしかない。

「だからまぁ、そんなに気負わずに気楽にやれや」

 メッデスのその言葉は誰に向けられたものなのか、そんなことすら考える暇はなかった。

「おらぁっ!」

 背後に陣取っていた一人がかけ声と共に飛びかかってくる。即座に反応してそちらへ振り向く。先ほど観察した時、その男の武器は両手で持つような大きな剣で、やはりその剣を振り上げて迫ってきていた。

 振り下ろされる男の両手から伸びている刃。それをすれすれのところで避け、突っ込んできた勢いを乗せて右手の拳打を懐にたたき込んだ。狙ったのは脇腹。一撃で相手をしばらく動けなくするのに最適な箇所だ。

「なに…」

 メッデスが驚いている。どうやら想定外の状況のようだ。もしかすると今の一撃で仕事は終わると思っていたのかもしれない。だが、そうはならなかった。

「どうしました? もう腕試しは終わりですか?」

 そう言いながらも崩れ落ちる男の手元に視線を向ける。この男の持っている剣は大きくて小回りがきかず、おそらく重量もあるため速度を殺してしまう。奪うに値しない武器だ。なら安全を重視する必要がある。崩れ落ちた男の手から剣を足で蹴り飛ばして、男の手の届かないところへと遠ざける。

「一人遣ったくらいでいい気になりやがって」

 他の男達が武器を手にじりじりと距離を詰めてくる。

「少しは楽しめそうだな。お前ら、思い切りやっていいぞ」

 メッデスの指示を受け、男達が手に持った武器を握りなおす。今までは甘く見ていたがこれからはそうはいかない、と言っているかのようだ。

「…どうぞ、ご勝手に」

 そもそも相手が手加減してくれることを想定して戦場に立つような愚者ではない。全力で来る相手にどう対応するか。そういった修羅場は数多く潜り抜けてきている。

 あの戦いに比べれば、今回もそんな修羅場の一度に過ぎない。

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