第23話 夜話2

 不安そうだった主の表情に安堵が見える。しかしそれと同時に複雑な心境も見て取れる。いかに腕が立つとはいえ、危険が迫ることが確実なのだ。今までのことも考えれば、主としては不安でたまらないだろう。

「サクラって自分の意思があるのか無いのか、よくわからないような気がする」

「自分の意思ですか?」

「うん。主従関係を結んだ相手の言うことを何でも聞くってことでしょ?」

「はい」

「ちょっと変…かな。どうしてそこまで主従関係にこだわるの?」

 主従関係にこだわる理由を聞かれ、即座に返答ができなかった。何故と聞かれて答えるような明確な理由など無い。それが今までの自分の全てであり、今の自分の全てだからだ。

「そういう風に育てられたから…でしょうか」

「育てられた?」

「はい。幼少の頃より暗殺任務につくために鍛えられてきました。主の言った相手をどのような手を使ってでも確実に殺す。それが私の全てです。私の命は主が殺したい相手を殺すためだけにあり、私が生存している限り任務が続きます」

「そんな目に遭って、そんな人生を歩んで、それでも最後は主と一緒にとんでもない数の敵と戦ったって言うの?」

 初めて会ったときに、万を超える敵から主を守り切れなかった、と話した。そのことを言っているのだろう。それは事実だが、主は少し誤解をしている。

「はい。ですが一つ申し上げておきますと、私が守り切れなかったのは二人目の主であり、私が忍びとなったときの主とは別です」

「え?」

「つまり、ステア様は私にとって三人目の主となります」

 忍びとして育てられたときの主、そしてその後仕えて守り切れなかった主。その二人の主を経て、今の主との主従関係がある。

「それじゃあ一人目とはどうして主従関係が切れちゃったの? サクラだったら自分から出て行くことはないだろうし、サクラを追い出す必要があるとも思えないんだけど…」

「私が一人目の主の元を去ったのは命じられたからです」

「命じられた? 何を?」

 記憶の中にある一人目の主の最後の命令が、昨日のことのように鮮明に思い返される。

「生きて国に帰ることは許さない、という命令です」

「それって…どういうこと?」

「主の命令で数多く暗殺を行ってきました。暗殺ですので私が殺したことは知られていません。ですが数多の暗殺を経て、どこの国が一番有利になったのか。それを調べられた事により、私のいた国は周辺諸国からの攻撃を受けることになりました」

「そ、それで?」

 物語の続きを聞きたがる子供のように、主は前のめりになって話に聞き入っている。

「私のいた国は多くの兵力を持って居らず、戦と呼べるような戦いもなく国は存亡の危機を迎えます。戦う力はほとんど残されておらず、私に『迫り来る敵を迎え撃て。生きて帰ることは許さない』と命令が下りました」

「それって…」

「死ぬまで戦え、という命令です。戦力は残されておりませんでしたので、主や親類縁者からその他指揮官の面々、全員が国を脱出するまでの時間稼ぎです」

「酷い…」

 逃げるための捨て駒にされた。その命令に主は憤りを感じているようだ。

「あれ? でも二人目の主がいるって事は…死ななかったって事?」

「はい。勝ちましたので」

「…え?」

 主が小声で「どういうこと?」と混乱しているようだった。

「数千の敵軍を退け、私は国を去りました。敵を迎え撃つという命令は終わり、生きて帰ることは許さないという命令だけが残ったからです。その日以降、育った国には一度も踏み入ってはいません」

 命令を忠実に遂行したという説明をしているが、主は数千の敵に一人で勝ったという説明の方に首を傾げていた。

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