第12話 主家の闇1
主家の邸宅に戻ると、即座に夕食の時間ということで母屋へと足を運ぶ。食卓のある部屋だけでなく、そこへ至るまでの廊下でも目が痛くなるようなきらびやかな装飾品が軒を連ねている。
食堂では不必要としか思えない長く大きな机に並べられた豪奢な椅子に、主権の面々が決められた席に腰掛けていく。侍女は一緒に食事を取ることはなく、主の食事の頬を行うのがここでの仕事らしい。そして主の仕事が終わった後で、侍女達は各々で食事を取るようだ。
「ステア、あなたにぴったりの使用人を用意してあげたのよ。感謝の一言くらいあってもいいと思わないのかしら?」
「申し遅れました、御義母様。ありがとうございます」
言葉にトゲのある話し方の声の主は、ここへ来る際に馬車に乗っていた高貴な地位にいる中年女性だ。
「大変だったのよ。奴隷市で一番安い奴隷を探すのって」
悪意のある笑みもそうだが、母親の言葉とはとても思えなかった。
「くすくす、安物だって」
「くすくす、ぴったりだね」
食事を取る小さなそっくりの双子。主家の末っ子の二人だろう。馬鹿にするように二人して笑っている。
「値は関係ない。主従関係が結ばれた以上、従者の不始末は主人の不始末だ。ステア、それをよく肝に銘じておけ」
「はい、御義兄様」
主よりやや年上のように見える男性。アルフォウス家の跡継ぎだろう。見た目や雰囲気に品が見られる。しかし主を下に見ているような雰囲気が言葉の端々に垣間見える。
御一番の上座と思われる席は空席だった。おそらく主家の主人は今宵の夕食には来ていないのだろう。主家の主人はどうかわからないが、仕えることとなった主はどうやら主家の中ではよい扱いを受けていないようだった。
「ほら、あなた侍女でしょう? ボーッとしていないで、自分の主人の食事くらい運んだらどうなの?」
主家の人間に仕える他の侍女達から注意を受けた。自らが仕える主の食事の運搬も、主従関係を結んだ侍女の役目のようだ。
「失礼しました」
素早く移動し、別室の台所へと向かう。そこでは白い服を着た料理人らしい男がさらに料理を盛っていた。見たことのない料理のため、どういった料理かはよくわからない。野菜の皿に肉の皿に汁物の皿。お椀などは無く、全て平たい皿だ。野菜や肉はまだしも、汁物は食べづらいのではないかと思ってしまう。
「どれを持って行けばよろしいのでしょうか?」
「あ? アンタ、ステア様の新しい侍女?」
「はい」
「ステア様はこれだよ」
並べられた皿の中で、主向けの物を指定される。
「皆、微妙に違うのですね」
初めて見る料理が並んでいるが、わずかな違いには目敏く気付いた。隠されている物や隠れている物を見つけ出す能力に長けた、元々の性分から無意識に違いを見つけてしまった。
「ああ、みんな好き嫌いがあるからな。ステア様は柑橘系の風味付けをしてある。逆に奥様は少し濃い味付けがお好みだ。双子のエリオ様とエリカ様は苦手な野菜があるからそれを避けている」
主家に仕える料理人は主家で食事を行う全員の好みを熟知していなければならないようだ。
「なるほど、ではこちらのお皿を配膳させていただきます」
スープの上に乗せられた黄緑色の断片。おそらく柑橘類の皮を細かく切った物だろう。そういった物が料理の中に含まれているが、目で見てわかる目印があれば次回からは素早く配膳できそうだ。
台所から主用に作られた食事を運び出し、座って待つ主の前に並べていく。
「あら、料理の並べ方や順番も知らないの? 無学な子ね。主人に似たのかしら?」
どうやら並べ方や順番に誤りがあったようだ。それを目敏く見つけては、ここぞとばかりに言葉で責め立ててくる。この主家の奥様はどうやらずいぶんと主を目の敵にしているらしい。
「申し訳ありません。今まで食にはさほど関心が無かったもので」
「あらまぁ、それじゃあこれから苦労しそうね。アルフォウス家の恥にならないようにしてもらわないと困るわ」
食堂にいる侍女達や双子の蔑むような笑いがよく聞こえる。それぞれ小さな笑いなのだが、こうも大勢で一緒に笑えば実に良く聞こえる。
「サクラ、別に気にしなくていいわよ」
主はそう言ってくれるが、主の顔に泥を塗ってしまったことになる。これらのことは早急に学ばなければならないようだ。
嘲笑がより一層、学ばなければという思いを強くしてくれた。
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