第11話 新たな主7
走り回る子供達。それに捕まらぬように逃げる。捕まったら追う側と追われる側が交替するようだ。その追いかけっこのような子供の遊びでも、主の顔に泥を塗らぬよう全力で逃げ続ける。
近距離まで引きつけては引き離し、捕まえようと突き出される手を軽々と避ける。壁際に追い込まれれば壁を蹴って宙を舞い、子供達の頭上を越えて包囲の外へと楽々逃げ切る。
「すっげー!」
「かっけー!」
子供達は羨望の眼差しを向けてくる。どうやら主の顔に泥を塗るまいと奮起したことで、子供達の人気者になってしまったようだ。
「サクラ、ちょっといいかしら?」
主に呼ばれ、子供達を振り切って駆けつける。しかし少し遅れて子供達も駆け寄ってきたため、小さな集会を開いているような光景になる。
「ほら、みんなは向こうで遊んでいて」
尼僧が子供達を広場の中心部へと押し戻していく。不満そうな子供達の声が漏れるが、そこは子供達らしくあっという間に自分たちの遊びに集中し始めた。
「サクラの髪を切って欲しいの」
髪を切るのを尼僧に頼むつもりもあり、主はここへ連れてきたようだ。
「確かに傷んでいますね。ここは焦げているし、こっちは変に切られている…」
主の前に立って動かないのをいいことに、主従関係もない尼僧が勝手に髪に触れてきた。信用できる相手かどうかも定かではないため、本来ならば許すことはない。しかし主が信頼を置いている相手のようであるため、ここは油断せずに身を任せることにする。
「短くしてしまっていいのですか?」
尼僧の問いが向けられた。
「長すぎれば動くのに邪魔になります。短すぎれば物を隠すのに不向きです」
「え? 隠す?」
長い髪の中に暗器や毒物を隠し持って動く忍びは多い。自分もまた例外ではないのだ。
「ですが髪は伸びますので、ステア様の望むようにしてください」
「あ、はい…では、カットしていきますね」
尼僧に椅子に座るよう促され、座った途端に背後を取られた。今日初めて会ったばかりの主従を結んでいない相手に、無防備のまま背中を向けることの気持ちの悪さは筆舌に尽くしがたい。
髪が衣服につかないように、という気遣いだろう。首から下を大きな布で覆われた。何かあった際に手を動かす際の障害となる。未だかつて感じたことのない不安感に駆られる。
「焦げたりしているところ以外もけっこう痛んでいますね」
刃物で髪を切っていく尼僧の気配を一瞬たりとも逃すまいと神経を集中している。身動きが取りにくい状況下で、首や頭の付近で刃物を持った他人がいる。想像を絶する危機感が心の臓の鼓動は早める。
「サクラ…顔が怖い」
髪を切られている姿を見た主の感想だが、そう思われても致し方ない。こちらは有事の際に一瞬でも早く相手の千を取れるようにしている。気の緩んだ顔をするのは難しい。
「はい、できました」
首から下を覆っていた布が取り払われる。即座に椅子から立ち上がり、尼僧から距離を取った。
「えっと、嫌われています?」
不安そうな尼僧に「この子、ちょっと特殊なの」と主が一言付け加えていた。
「わー、可愛い」
「すごい綺麗だね」
髪を切り終わった姿が子供達に見つかり、また小さな集会を開いているかのように集まってくる。とりわけ女の子からの視線が集まっているようだった。
「シスターはいつも子供達の髪を切っているから腕は確かなの。綺麗にしてもらえてよかったわね」
主の言葉を聞いても、自分が今どういう外見になっているのかわからない。鏡でもなければ自分の顔や髪型など見えないのだ。こんな時に愛刀があれば、磨き上げられた刀身が鏡の役割を果たしてくれるのに、と持ってこなかったことを少々悔いた。
「ほら、みんなそろそろ夕ご飯の準備の時間だよ。手伝ってね」
「はーい」
尼僧が子供達を先導して建物の中へと入っていく。最後に別れの挨拶のように手を振ってくる子供達には悪い気はしなかった。
主は尼僧と二言三言、言葉を交わして別れる。
「ほら、私たちも帰るわよ」
「はい」
主が帰路につく後ろをついて歩く。自分の状態が気になり、鏡の代わりになる物は無いかと周囲を見渡しながら歩く。すると神社仏閣のような役割を持つ建物の中にある燭台がそれに近い役割を果たしてくれそうだった。
「…なるほど」
二度三度、瞬く間だけ燭台の前に立って現状の確認をした。短くはなったが、あまりにも短すぎると言うことはない。確かにあの尼僧の腕は確かなようだと納得して、帰路につく主の後ろに戻る。
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