第13話 主家の闇2
食堂で嘲笑の的となったその夜、離れに用意された自室から主の部屋へと向かう。用件は食卓における作法などを学ぶためだ。本などがあれば借りたい。全く常識の違う地にいるため文字が読めるかは心配だったが、話せているのだからなんとかなるだろうと思い、読めなければ読めるように学べば良いと前向きに考えて行動に移した。
「ステア様、失礼します」
主の部屋の扉を開いて中へと入る。部屋の中では主はすでに寝床で横になっていた。
「どうしたの?」
「お休みでしたか。では明日に致します」
「いいわよ。いつものことだから…」
起き上がった主の顔色はよくなかった。急いで駆け寄り「失礼します」の一言とほぼ同時で額に手を当てた。
「熱がありますね」
「いいって言っているでしょう。いつものことなの」
額に当てた手は主の手で押しのけられた。
「私、身体が弱いみたいだから、よく熱を出して寝込むの」
「そうでしたか」
病人にこれ以上無理はさせられない。ゆっくりと寝床で横になってもらう。あとはしっかり休んでもらうほか無い。
「薬などはございますか?」
「ないわ。あってもお金がないから…」
これだけ母屋はあれほど豪華なのに、離れはずいぶんの質素だ。金銭的な援助は受けられそうもない。それどころか、逆に締め付けていそうでもあった。
「窓を開けてもらえる? 身体を冷やさないと…」
「いえ、身体は温めた方がよろしいかと」
「どうして?」
「身体に無駄なところはございません。剣を扱う者の手やよく歩く者の足は硬くなります。それと同じく、身体が熱くなるのも身体が必要としているからだと聞いたことがございます」
「へぇ、そうなんだ。そう言われてみれば、そうかもね」
主の返答は弱々しかった。
今日の昼間に尼僧のところへ出かけたときも、子供達に遊んで欲しいとせがまれるが暗に拒んでいた。体力的にはあの外出だけでも厳しかったのかもしれない。
「じゃあ今夜はサクラの言う通りにして眠るわ」
「はい、よくお休みください」
主はしばらく横になっていると、小さい寝息が聞こえてきた。相当疲れていたのか、眠るまでが早かった。
「病、ですか。私にできることは多くはありませんね」
残念ながら人を生かす医者ではない。真逆の人を殺める暗殺者だ。主のためなら何でもする気でいるが、その主のためにできる自分の能力には限りがある。戦う力や殺める力には優れていても、癒す力や生かす力には長けていない。
何か方法は無いかと考えても、薬剤の知識は残念ながら持ち合わせていない。逆に毒物の知識は豊富すぎる。今まで求められてこなかっただけに、真逆の力を持たないことが悔やまれる。
しかし全く手段が無いと言うわけではない。身体によいものを食べれば健康を保てるという考え方がある。そういった内容を書物で見たことがあった。薬食同源という考えた方で、海の向こうからやって来た書物の内容だ。
薬を用意することはできないが、薬の代わりとなる薬膳を用意することならできなくもない。母屋の台所には多くの食材があるだろう。身体に良い食材で薬膳を作り、明日の朝食で出す。
そうと決まれば行動あるのみ。主を起こさぬよう物音を立てず、部屋を後にする。
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