第9話 新たな主5

 侍女の服を身に纏い、主と共に外出する。主は馬車などに乗ることはなく、ごく普通に街の中を自分の足で歩いて行く。その後ろに続くのだが、主を守るという役目が当然存在する。警戒だけは一切緩めない。

 石造りの道を歩いて行くと、徐々に人の数が増えていく。どうやら人混みが生まれるほど繁盛している場所に近づいているようだ。

 そう思っていた矢先、人混みの一人が主にぶつかった。主が少しふらつきながらも、なんとか踏ん張って倒れることはなかった。

「おっと…気をつけろよ、お嬢ちゃん」

 ぶつかったのは無精髭の男。一言、言葉を吐き捨てて立ち去ろうとする。その男の前に歩み出た。

「今のはそちら側が責めを負うべきでは?」

「はぁ? なんだ、この女!」

 男が強引に横をすり抜けて行こうとした。逃がすまいと、瞬時に男の手首を掴んで捻り上げた。

「いで、痛ぇ…」

 腕を捻り上げられて痛がる男。男に再度声をかけようとしたとき、主が男の腕を捻り上げている手を軽く叩いてくる。

「やめて、サクラ。放してあげなさい」

「ですが…」

「いいから」

 主の命令を聞いて男の手を放す。すると男は舌打ちと共に走り去っていく。あっという間に人混みに紛れてしまい、追跡は極めて難しくなった。

「人混みだとぶつかってしまうことくらいよくあるの。そんなことくらいでいちいち目くじらを立てないで」

「ですが今のはこちらに非はございません」

「それでも、人混みだからしかたないでしょう」

 主はぶつかってきた男を不問とするお考えのようだ。ならばこれ以上、従者が余計な口を挟むわけにはいかない。

「わかりました。では次はお気をつけください」

 そう言って主に布地の袋を差し出した。

「え? これって…」

「すられておりましたので、ひとまず取り返しておきました」

 袋の中にはいくつかの銭らしきものが入っている。価値はよくわからないが、主のものをすった男をそのまま見逃せなかった。

「ご所望ならば見つけ出し、二度と悪事を働けぬように両腕をへし折っておきますが?」

「い、いいわよ。そこまでしなくて」

「かしこまりました」

 追跡は簡単ではないが、不可能ではない。だが主が不要というのであれば、従者はその意向に従うだけだ。

「ま、まぁ、お礼を言っておくわ。取り返してくれてありがとう」

「いえ、当然のことをしたまでです」

 ひとまず被害らしい被害はなかった。

「じゃあ、行くわよ」

「はい」

 主と共に再び人混みの中を歩いて行く。主はもう二度とすられないように、警戒しながら歩いているようだった。

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