第8話 新たな主4
部屋に一人となり、まずは自分の持ち物を片付けることにした。片付けると言っても要不要をわけるだけだ。必要な物は部屋の調度品へ収納し、不要なものは使い道があれば使うが、使い道すらなければ廃棄する。その作業をまず行うことにした。
そして作業を始めてすぐ、想像していた結果となった。使えるものは一つ、前の主から賜った愛刀のみ。それ以外の衣服は固まった血だらけで、破れている場所や穴が開いている場所や焼け焦げいる場所ばかりと、他の用途に使えそうな布地を確保することも不可能。その他の戦いの道具は全て使い切っており、何一つ残っていなかった。
愛刀が一振り。それが過去の自分を示す持ち物の全て。忍びが使いやすい短めのその愛刀を手にすると、前の主の最後の光景が鮮明によみがえる。
万を超える軍勢、百名そこそこの味方、多勢の無勢の戦い、そして燃えさかる炎に、焼け落ちる天井。万を超える軍勢を一人で打ち破ることなど人間業ではないため不可能。しかしそれができたなら、主を守り切れたのではないか。そう思うと、愛刀を握る手に自然と力が入る。
「サクラ、ちょっといいかしら?」
「…はい」
返事と同時に扉が開く。愛刀をもったままでは失礼と思い、瞬時に音もなく調度品の中へ収納した。
「何かご用でしょうか?」
「これから出かけるわ」
「かしこまりました」
外出に同行するようだ。身辺警護から雑用まで、どんな事でも申しつけられれば従う。
「じゃあ、着替えなさい」
主に何やら衣服らしき布の塊を渡された。
「これは?」
「あなたの仕事着、メイド服よ」
足元がすっぽり隠れる黒く長いひらひらとした布。手首まである身体に張り付くような細い袖。そして胸元から膝丈くらいまでの白い前掛け。動きやすそうには見えなかった。
「それとこれも…って、その前に髪型を整えなきゃね」
前掛けと同じような白いもの。どうやら頭に飾る髪飾りのようなものだ。
「長さが中途半端ね。しかも所々焦げてる?」
髪に触れる主。首を傾げたり、時たま「うーん…」と唸ったりしている。髪型を整えるのは主に不快感を与えないためと、潜入時に適した髪型に変えるときくらいだ。それ以外で髪に触ることはあまりなかった。
「こんなに傷んでいると…短くしないといけないわね。短くてもいい?」
「短い方が動きやすいですし、ステア様のお気に召す通りに致します」
主に不快感を与えず、動きやすければどのような髪型でも問題は無い。主が望むのであれば即座に剃髪もできる。
「じゃあとりあえず着替えて。着替え終わったら行くわよ。髪型は行った先でね。全く手がかかるわね」
「はい、申し訳ありません」
そう言って衣服を置いて主は背を向ける。その背中に向かって一言謝るのだが、もう一つ謝らなければならないことがある。
「ステア様。失礼ながら一つ、よろしいでしょうか」
「ん? なに? 手短にね」
振り返った主へ、経った今渡された服を持って歩み寄る。
「どうやって着るのでしょうか?」
「…え?」
服の着方がわからない。そう告げたときの主の表情は呆気にとられている。
「服、一人で着られないの?」
「着方がわかりません」
「…あなた、本当に手がかかるわね」
「申し訳ありません」
服の着方一つわからないと言われたときの主の顔はなんとも言えないものだった。不信感のようなものや、懐疑的な視線が向けられているのがよくわかる。
一刻も早くこの地の通常の服の着方を覚えなければならないと、強く感じさられた。
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