第7話 新たな主3

 案内された部屋の扉を開き、主が先に入っていく。その後に続いて部屋に入るが、一つ気になることがあり視線を足元に落とした。

「どうしたのかしら?」

「ステア様。履き物はどこで脱ぐのでしょうか?」

「…は?」

 建物の中に入る時も、そして与えられた部屋に入るときも、履き物を履いたままだ。

「え? 脱ぐの?」

「脱がないのですか?」

 互いに疑問と一緒に視線が交錯する。どうやら屋内での過ごし方も、今までの常識とは大きく違うようだ。

「ベッドで寝るときくらいじゃないの?」

「今までは屋内では常に脱いでいました」

「あ、そう…なの?」

「はい。ですがこちらでは違うようですね」

 常識がまるで違うところに今はいる。今までと違うということを理解しつつ、今いるところの常識に合わせていかなければならない。

「いいのよ。ここはあなたの部屋なのだから。部屋のスペースを上手く区切って、素足のゾーンを作っていいわよ」

「お心遣い、ありがとうございます」

 こちらの常識にも気を遣ってくれているようだ。心優しい性格の方なのかもしれない。

「調度品は見ればわかるわね。あとトイレは部屋を出て玄関口とは逆ね。水回りはその辺りに固まっているわ」

 部屋と建物内の水回りを聞き、生活していく上で必要最低限の間取りは理解できた。

「何か聞きたいことは?」

「それでは一つ、よろしいでしょうか?」

「ええ、何かしら?」

「抜け道はどこでしょうか?」

「…え? 抜け道?」

 主の表情がまた固まっている。

「はい。敵の襲撃を受けた際、脱出するための隠し通路です」

「…えっと、ない…けど?」

「この建物内だけでなく、この邸宅の敷地内のどこにもないということでしょうか?」

「そ、そうだと思うけど…王宮にはあるかもしれないけど…」

「そうですか。ならば襲撃を受けた際は血路を切り開く以外道はないということですね」

「え、えっと…え? それって必要なの?」

「はい。いつ襲撃があるかわかりません。備えあれば憂い無し、です」

 抜け道の重要性は身にしみてわかっている。襲撃されたあの時も、抜け道さえあれば主を死なせることなく逃がすことができた。同じ轍を踏むわけにはいかない。

「時間はかかるかもしれませんが、ご用意しておきます」

「いや、用意しなくていいから」

「ですがいざという時に役立ちます」

「いざという時って、あなたどうしてそんなに抜け道にこだわるの?」

 問われて言葉に詰まる。まだあの時からほとんど時が経っていないはずだ。だから思い出すことは簡単で、目に映った景色も状況も鮮明に覚えている。鮮明に覚えているからこそ、まだ上手く過去のこととして言葉にすることができない。

「私は…以前の主君を守り切れませんでした。敵の急襲を受け、主君を守れなかった至らない女です」

「逃げられなかったの?」

「はい。万を超える軍勢に包囲されていましたので」

「それで、戦ったの?」

「はい。ですがその時は味方が百数十名ほどしか居らず、多勢に無勢でした」

 部屋の空気が重くなってしまった。主も何を言っていいのかわからないのだろう。これ以上質問を続けるべきかどうかで言葉が詰まっている。そんな状態を放っておくわけにはいかない。

 主と正面から向き合い、再び片膝をついて頭を垂れる。

「至らぬ身ではございますが、全身全霊を賭してステア様をお守りします。この命、ステア様に捧げます」

 忠節を誓う。もとよりそれ以外に心のよりどころがない。幼少の頃からそうで、これからも変わらない。いや、変えられない。

「そ、そう。まぁ、精一杯仕事に努めなさい」

「はい」

 仕えるべき主君が決まった。自らがいるべき場所も決まった。ならば他には何も望むことはない。後はただただ、主君のためにこの身を捧げるだけだ。

 主はまだこちらのことを信用し切れていないのだろう。その表情はどこか曇っているように感じられる。反対にこちらは新たな主が決まり、気持ちは上向いている。主従において心境が対照的であることは望ましくない。これからの最優先事項は信用を得ること。これに尽きる。

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