第6話 新たな主2
建物の中に入って率直な緩衝は簡素、だった。庭も含めて建物全体は大きく、先ほどの馬車の女性が主家の人の装飾品などはとてもきらびやかだ。しかしこの離れは全く違う。屋内は少し薄暗く、輝くようなものは見当たらない。
「ステア様、新しい使用人を連れて参りました」
初老の男、バイデン。彼の声が屋内に響いてから少しの間を置き、奥からこの離れの主が現れた。線が細く小柄なため幼さを感じる女の子のようだが、雰囲気からは見た目より少しは年を重ねていそうな気がした。黄金色をしている見たことのない長い髪に驚いた。
「ふぅん、あなたが新しい使用人ね」
腰から足元にかけて布地が広がる見慣れない服。先ほどの馬車の女性のように華美ではない。見慣れていないため正しい感想があるわけでは無いが、比べれば質素な印象が強い服だった。
「私があなたの主のステアよ」
「はっ、これより身命を賭してステア様にお仕えさせていただきます」
新たな主の前で片膝を床につけ、頭を下げる。露店で渡された服では動きにくいが、それがこれからの普通というのであれば慣れるほか無い。
「そ、そう。良い心がけね」
こちらの挨拶に少し戸惑いか驚きのようなものが見られる。どうやらここの流儀ではない挨拶だったようだ。
「それであなた、名は何というのかしら?」
主に名を問われた。これより主従関係が始まることを考えれば当然のことだ。
「私のことは桜とお呼びください」
「サクラ? そう、わかったわ」
自己紹介が終わったからか、主は木の椅子に腰掛ける。
「ありがとう、バイデン。もう良いわ」
「はい、それでは」
ここまで連れてきてくれたバイデンが離れの建物を出て行く。二人きりになり、椅子に座る主と片膝を床に着く使用人という構図で視線が合った。
「それでサクラ。あなたは使用人としてここへやって来たわけだけど、掃除洗濯料理と色々仕事があるの。この中であなたの得意なものは何?」
「申し訳ございません。掃除、洗濯、料理、そのどれも私は得意としておりません」
「…はぁ、まぁそんなところだと思ったわ」
「申し訳ございません」
ここで求められる使用人としての能力を持ち合わせていない。それが予想できていたのだろう。主は特に表情に変化はなかった。
「じゃあ聞くけど、あなたは何ができるの?」
主は大した答えを期待していない。それが空気として察知できる。そしてこちらも今の主を満足させられる答えがあるとも思えない。今は申し訳程度に、仕える身として主君にできることを伝えておくしかない。
「僭越ながら、私は暗殺を得意としております」
「…は? え? あ、あん、暗殺?」
主の表情に大きな変化が見られた。予想していた全ての答えを裏切ってしまったようだ。
「掃除、洗濯、料理などは暗殺を行うのに必要な程度しか習得しておりません。お役に立てぬようで申し訳ございません」
ここで求められる技能を有していない。その至らなさを本心から伝えた。
「あ、暗殺ってあなた、もしかして人を殺したことがあるの?」
「はい。命じられた任務は全て遂行してきました」
「全てって…何人も殺したって言うの?」
「はい。申し訳ありませんが百からは数えておりませんので、正確な数は答えられません」
主の口が金魚のようにぱくぱくしている。言葉を探すが見つからないのか、静かな時間が流れていく。
「あ、あなた…いったい何者なの?」
「私は忍びでございます」
「し、しのび?」
聞き慣れない言葉だったようだ。
「えっと、ま、まぁいいわ。まだちょっと状況が飲み込めていないけど…」
戸惑いながらも主は椅子から腰を上げる。
「とりあえず、あなたの部屋に案内するわ。着いてきて」
「はい」
片膝をついた姿勢からすっと立ち上がる。前を歩く主の背中に続き、自分の部屋として使うことを許される一室へと向かう。
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