第5話 新たな主1
馬車の傍らを歩き、大きな石造りの壁に囲まれた待ちにやってきた。壁の中も石造りの家だらけで、どこもかしこも見たことのない光景だらけだった。
生まれたときから見てきた建造物の多くは木材を使用していた。石材は大きな城や屋敷や寺院などを作る際に用いられるくらいで、一般的とは言えなかった。しかしこの世界では逆に木材での家の方が少ないように見えた。
「なにやら驚いている様子ですね」
「石造りの町を初めて見ましたので」
「なるほど、それなら驚かれたことでしょう」
一緒に馬車の傍らを歩く男。露店で店主と話していたこの男は白髪が目立ち、意外と年はいっている、初老くらいの年齢のようだ。
「このあたりは石材が豊富に取れる山があり、さらに交通の要所で人も多く集まる大きな都市です。そのため石材職人も多く、多くのものが石材で作られています」
大きな壁の中は足元まで石造りだ。砂塵が舞わないのは長所のような気がした。しかし足元に感じる感触が固く、長く歩いていると疲れそうな気もした。
「城壁も固く、他国からの侵略に対しての防備も万全です」
石造りの壁はどうやら城壁だったらしい。初老の男の言う通り、これほどまでしっかりとした石造りの壁ならそう簡単に破られることはないだろう。戦いの際に安定した守りができる拠点として、最大限の力を発揮しているといえるだろう。それがこの町が発展している理由なのだと理解した。
「さて、我々が向かうのはこの先です」
初老の男が指さした先。そこは一般の人々が住む町とは一線を画すような大きな通路を挟んだ向こう側。そこにも石造りの家が並んでいたが、一般の人々の家とは大きさも広さも大きく違う。石造りの家に馴染みのない身であっても、そこが身分の良い人間が住む場所なのだということがすぐにわかる。
「セントレイト王国の王族の縁戚に当たるアルフォウス家の邸宅です」
「せん…と…? ある…おう…?」
聞き慣れない名前だった。だが王国内のいわば貴族らしい一族の元へ向かうということはなんとなくわかった。自分にとってわかりやすく考えるなら、将軍家に近しい公家に仕える者となる、といったところだろうか。
邸宅を取り囲む石造りの塀を通り過ぎ、大きな建物の前にまでやってきた。まるで小さな城の城門くらいの扉。それが正面の入り口のようだ。
「バイデン、その娘をあの子の元に連れて行きなさい。それと、仕事も教えてあげるのよ」
馬車にいる人物が初めて見えた。高飛車な様子の中年女性だった。直射日光が当たっていないのにキラキラと輝く装飾品。かなりの高貴な地位にいることが一目でわかる。
「はい、かしこまりました」
馬車とは入り口で分かれ、バイデンと呼ばれた初老の男に連れられ、大きな邸宅の庭を突っ切っていく。
「ここがあなたの主な仕事場になります」
連れてこられたのは大きな邸宅の離れ。大きな邸宅の庭の中にあるため、慎ましい印象を受ける建物だ。
「こちらにはこのアルフォウス家のご令嬢、ステア様がおられます」
聞き慣れない名前にも慣れなければならない。何故自分がこのような場所にいるのかわからないが、ここにいる以上は慣れなければならない。ましてやこれから仕える主家となる人だ。いつまでも慣れないと言い続けるわけにもいかない。
「その方が私の主君でしょうか?」
「主君? どういうことですか?」
初老の男は首を傾げた。
「私がお仕えするのはこの家に住む主家の方々全員でしょうか? それともこちらにお住まいのお一人の方だけでしょうか?」
初老の男は質問の意図を理解したと、二度三度頷いた。
「本来はアルフォウス家の全員に、と言いたいところですが、ステア様は少々事情が特別でございます。そのため、あなたはステア様の専属でよいと伺っております」
「承りました。ではそのように致します」
新たな主君はこの邸宅の離れに住むご令嬢ただ一人。新たな主君が決まったことで、大いに心が落ち着いたのが自分でもよくわかる。どうやらどんな状況であっても、自分は変わらないらしい。
「ではご挨拶に伺いましょう」
「はい」
初老の男に続き、離れの建物へと入っていった。
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