第4話 奴隷市場3
露店の男は壁にもたれて、顔を布で隠して座り込んだままだ。もう商売をする気は微塵もない。手下の男も何十度目かのため息を漏らしている。
こちらははだけた胸元は相変わらずのまま、言われたまま商品として座っていた。当然寄りつく客などおらず、他の露店と違って静かでゆったりとした時間が流れていた。
「失礼」
静かな時間が流れる露店の前に男がやってきた。その後を追うように馬車がやってきて、甲高い笑い声が馬車の中から聞こえてきた。
「なんだい? 客かい?」
店主の男は顔を覆っていた布を取り払い、面倒くさそうな顔で接客する相手なのかどうかを男に問う。
「ええ、こちらでこの奴隷市最安値の奴隷が買えると聞きやって参りました」
男は紳士的にそう答えたが、馬車の中から聞こえる笑い声は全く違ったものだった。
「きゃはは、あの子には奴隷、それも最安値の出来損ないがお似合いよね」
そんな笑い声が聞こえる中、店主の男はさらに一つ大きなため息をついた。
「最安値、か。まぁ、売れないよりはマシか」
「アニキ…マジっすか?」
「しかたねぇだろ。このままこいつを連れて帰っても腹がふくれるわけじゃねぇんだ」
「うぅ、アニキ…」
店主の男は最安値でもいいから売ろうと考え、手下の男は最安値という言葉に納得がいっていないようだった。
「欲しけりゃ持っていきな」
店主の男に背中を押され、露店から馬車の方へと押し出される。
「ではこちらが代金になります」
「…ははっ、予定の二割程度か」
店主の男は金を受け取ると、すぐさま立ち上がった。
「おい、行くぞ」
「え? アニキ、行くってどこへっすか?」
「仕事に決まってんだろ。こんな端金じゃ何日ももたねぇよ」
手下の男がすぐさま出立の準備に取りかかる。店主の男は馬車と一緒に買いに来た男に一つ、疑問を問う。
「しかし、奴隷を全く見ないで最安値だから買うってのはどういうことだ?」
「もうあなた方の手元を離れるのですから、知る必要は無いでしょう」
「確かに、アレはもうあんたらのものだ。俺達はもう関係ねぇ」
店主の男も荷物を片付け始める。
「だが、気になるわけだ」
「何故でしょう?」
「売り手だからな。商売の可能性って奴があるのかどうか、確認しておきたい」
「簡単な話です。あの方々に必要なのは『最安値の奴隷』であった、それだけです」
最安値であれば商品自体はどんなものでもよい。それが買い手側の意思だった。
「あぁ、そういうことかい。それじゃあ、商売にならねぇな」
「そうですか。お力になれなかったようですね」
「まったくだ。今日は散々な日だぜ」
店主の男の見慣れたため息姿がまた見られた。
「おい、お前。俺が言うのも何だが、まぁ元気でやっていけ」
男は視線を合わせることなくそう言った。
「お心遣い、感謝します」
最後となるであろう男に、一礼と共に感謝の言葉をつげた。
「お前、喋れたのかよ」
初めて声を聞いた事で少し驚いていた。小声で「でも値段は変えられねぇか」とぼやき、男は直視することなく手を上げた。どうやら別れの合図のようだ。
「ほら、お前のものだ。持って行け」
着替えで脱いだ、血で固まった衣服が布に包まれて手渡される。衣服以外の持ち物も全て揃っている。
「お世話になりました」
一礼し、動き出す馬車とともに歩き始める。
次の主がどこの誰なのかもわからないまま、見慣れない世界を歩いて行く。
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