第80話【雷切娘はプッツンしている】

 手に取った雷切は鞘から少しだけ刃が顔を出しており、サチはそれをゆっくりと抜刀していく。天井に空いた穴と二階が半分以上消えている森根家は崩壊寸前で、ギシギシと音を立てながら空から昇る太陽と家の不規則な遠近法で、光が近づいて見えた。


 昨日の夕方とは違い、その刀身に雷は宿っていない。


 サチはその場で壁に向かって刀を振り下ろすが、その刀が壁を切り裂くようなことも無い。研がれていない刀を振り下ろしたように、その刀身が死んでいるとすぐに分かった。


(ちょっと、なにこれ? ――玩具みたいに切れないじゃん)


 重みや刃を見る限りは本物なのだが、見た目に反して鈍な刀。サチは期待を裏切られたようにガックリと腰を倒して、その刀を鞘に納めた。


「さて、どうしようかな?」


 壊された洗面台の壁を渡って、返り血を綺麗なバスタオルで拭き取る。そして肩に傷をつけた化け物に仕返しをするべく、少しだけ頭を働かせていた。


(おかしいなぁ……私の予想だと、この、雷切? すごい武器だと思ったんだけど。それに私がこの刀を抜いた時は雷を纏ってた気がするんだけど! ――一回きりの武器だったとか? でも刀だしなぁ。それにあの化け物の特攻……風呂場に侵入してきた化け物と同一だよねぇ。私を殺しに来たって事?)


 先ほどサチの肩に傷をつけた化け物が、風呂場に侵入してきた化け物と同一であることを理解しながら、洗面台の横に置かれている白いプラスチック製のタンスから下着を取り出した。黒色のフリフリとした花柄の下着を着用する。


 バスタオルで体を隠しながら動くよりは、何倍も動きやすいと言えるだろう。私服はサチの部屋に置いてあり、2階へ服を取りに行くほどの余裕は無い。


(もう一回、お風呂入りたいなぁ)


 などと考えながらも、雷切を片手に体勢を低くしながら警戒を怠らない。あの化け物はもう一度自分の元へやって来ると確信しており、どこからどんな攻撃を仕掛けてくるか予想していた。


 ――が。


 瞬間――洗面台の鏡から化け物が突っ込んで来る。家の壁を突き破って、先ほどと比べれば驚くほど遅いが、ドリルの様に回転しながら現れた化け物にサチは驚愕する。その化け物は回転しながら腕を出して、その腕をサチへと伸ばした。


「マジで!? ――っぐ!」


 そのままサチは化け物に首を掴まれ、体を持ち上げられながら洗面台と玄関のドアを突き破りながら、リビングの壁際に追いやられる。力強く握られたサチの首は悲鳴を上げており、呼吸が出来ずに悶え苦しむ。


(やばい……死ぬって……これ)


 振りほどくことも出来ずに壁がへこむ程の力で背中を叩きつけられ、ピクピクとしながら白目を向いている。


「イィ……ァア……シィ……ゥヌ?」


 気持ち悪い声と共に背中に付いている羽が広がり、頭に付いた複数の瞳はクルクルと回りながらサチと目を合わせてピタリと止まる。屈託のない笑みを浮かべながら左右にサチを揺らして遊んでいる。


(この、クソ野郎)


 サチは最後の力を振り絞り、手から零れ落ちそうになっていた雷切を抜刀して、飛びそうな意識の中で化け物の腕に刀を振り下ろす。地面に鞘が転がり落ち、しかし化け物の腕が切り落とされる事は無い。


 最後の希望がついえた事に舌打ちする。


 そして、絶望をこの時知った。


 眠気が襲い、ゆっくりと目を閉じる。


 振り上げていた雷切はゆっくりと降ろされ、人形の様に力なく吊るされる。その瞬間に死を連想させられ、私はここで死ぬんだと理解する。――それと共に少なくない恐怖がサチを包み込んだ。


(あぁ、死にたくないよ。――怖いなぁ~こんな事、知りたくなかった)


 そう思った瞬間――偶然という言葉を信じるなら、サチは運がいいのだろう。サチが追い込まれた壁際にはコンセントが付いており、コンセントの穴から放電するようにサチの持っている雷切へと吸収されていく。


「アァ……ェエ? 『!』」


 首を傾けた化け物は疑問顔を浮かべた後に、口を開きながら顔中に付いている目が見開かれた。気付いた時にはサチの首を掴んでいた右腕が焼き切れている。


 噴き出す血と、距離を取る化け物――そしてサチ自身も何が起きたのか理解していない。


 壁に沿ってフローリングに倒れ込んだサチはその場でせき込みながら、荒い呼吸を続けている。急速な空気の摂取でクラクラする頭を抑えながら、その目は死神の様に細く、笑っていた。


 バチバチとサチの周りを包み込む雷撃の空間と、雷を帯びている雷切は切れ味を取り戻したように地面に突き刺さっていた。倒れ込んだ拍子に、刀身はフローリングを突き抜けて床下まで到達している。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……――殺す殺せ殺してやる!! はあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁああぁぁあぁぁあって、Death!!」


 突き刺さった雷切を斜めに持ち上げながら、化け物に向かって振り上げる。床下を綺麗に切り裂きながら、そのまま振り上げられた雷切はフローリングを、そして化け物の左腕までも切り落とした。


 しかしその刀身に傷は無く、目を見開く化け物と満面の笑みを浮かべるサチ。


 その姿は美しく、雷の影響かサチの緑色の髪は逆立っている。まるで自分の感情を代弁している様に、サチは表情とは裏腹にプッツンしていた。


「死ぬか死ねか死なすか殺すか、選べよ化け物がさぁ! 私を玩具にした罪はなかなか高くつくよ?」

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