第81話【ゾンビになっちゃった?】

 サチの声に反応して化け物は叫び出す。それは重低音を聞いている様に、男性と女性の声を複合させたように聞こえており、とても不快な気分になった。化け物は肩を振り上げると同時に羽が振り上げられ、それをサチへと振り下ろす。


 その羽をサチは雷切で受けた。重みは無く、羽と刀身が触れ合った瞬間に、羽は化け物の背中から切り離されて地面に落ちている。圧倒的な切れ味の差に、さすがのサチですら苦い笑みが漏れてしまう。


「ハハ?」(こりゃー、勝負にならないね?)


 サチが気怠そうに一歩を踏み出すと、化け物もまた、一歩下がる。切り離した両腕と片翼からは噴水がごとく血が吹き出しており、大量の血を浴びているサチの姿がそこにはあった。笑い、わらい、ワライ――ジャングルに生きる肉食動物は皆、弱肉強食の世界で生きている。


 肩の傷口からゾンビの血が入り込んだ。


 落ちている鞘を拾い上げて、サチは雷切を鞘へと戻した。この武器について知りたいことが出来たからだ。サチが初めて雷切を抜刀しようとした時――空から落雷が落ちてきた事を思い出す。そういった隠し技の様な物が、この雷切には複数存在するんじゃないかと考えたからだ。


(はぁ、使い方をもう少し詳しく記載して欲しかったなぁ~)などと考えながら、それはアニメや特撮やゲームなんかでキャラが使っている技名に、多少なりとも憧れの様な物を抱いていたサチだからこそ、気分が空回って言ってしまったのかもしれない。


 雷切を鞘から、少しだけ抜刀する。それは初めてサチがこの刀に触れた時にした動作と同じだ。全く同じ動作から生まれる現象は、全く同じだと考えた。つまり、(あの時と同じような感じで刀を抜けば、ワンチャン雷が落ちてくるんじゃ?)っと考えたわけだ。


 それに合わせて、口が開く。


「サチ流……適当抜刀術、一ノ謎技――」


 ……バチ!


「――【雷電】――、みたいな感じかな?」


 そんな冗談半分みたいなノリで、数秒後――二度目の落雷が森根家で確認された。落雷した電撃は目の前にいる化け物に当たり、電池切れのロボットみたいにバタリと倒れ込んだ。サチはスタンガンを食らったような衝撃が全身に走り、雷切を地面に落とす。そして、遊び半分でやってみたお試しが本当に成功してしまった事に、ただただ冷や汗が止まらない。


「う……そ、でしょ? 成功しちゃうんだ?」


 ガラガラと音を立てながら、森根家は崩れていく。サチは慌てて動かしづらい体を引きずりながら、地面に落ちている雷切を抜刀すると同時に、落下してくる瓦礫を切り裂きながら押しつぶされてしまった。


 瓦礫に潰された化け物は、顔中に付いている瞳をピクピクと不規則に動かしながら、体中をズタズタに引き裂かれたように潰れており、サチは崩れた屋根の隙間から片腕を出して、その隙間から地上へと脱出する。


 ボロボロの下着姿のサチは、一応雷切を片手に持っていた。


「はぁ、はぁ、あり得ないでしょ!? それに、家が無くなっちゃたんだけど! うぅ、なにこれ? ――血?」


 体中の所々に傷が出来ており、嫌な眠気と吐き気が体中を包み込む。サチの瞳は赤く輝いており、瞳から流れる涙は真っ赤に染まっていた。意識を刈り取られていくように、物事が徐々に考えられなくなっていく。


「ちょ、本当に何……これ?」


 自分に何が起きているのか分からず、口から大量の血を吐き出した。それと同時に、自分の体が、意識が、自分の物で無くなっていくのを感じた。サチが『ゾンビになりかけている』と気づいたのは、体中の傷口が塞がり始めた時だ。


(嘘でしょ……ここで、ゲームオーバーな感じ……なの?)


「アァ……ァァ……、ヤ、バ、イ」


 ゾンビと言ったらウイルス――最後の最後にそう考えたサチは、最後の力を振り絞る様にして、雷切の刀身を自らの額に押し当てた。電撃が脳に流れ込んで、サチはそのままゆっくりと意識を落していく。


 そんな光景を、瓦礫に押しつぶされた化け物は見ており、クチャ・びちゃ・グニュ・どちゃ……何て音を出しながら、体の形が徐々に変わっていく。体を球体に近づけていき、それは人間サイズの卵の様な物になっていた。


 人知れず不可侵条約を結んだように、互いに意識を落している。


■□■□


【??月??日(?曜日)/??時??分】


 研究室のデスクチェアーに座るのは、天能リアと森根サチである。サチの正面にはリバーシと将棋とチェスが並べられており、それを見ながらサチは対局がしたいと言い出した。リアはパソコンで作業しながら「構わないよ。私は仕事中だから片手間に相手をすることになってしまうが、いいのかい?」などと言いながら、サチは満面の笑みを浮かべてボードを眺めていた。


「f5に一手目、7六歩、4eにポーン」


 サチは駒を動かしながら、ボードを眺めている。


「d6に二手目、5二玉、5cにポーン」


 リアはパソコン画面を見ながら作業をしており、ボードは見ていない。頭の中で盤面と作業を両立しながら対局を行っていた。結果はリバーシとチェスでリアが勝利し、将棋は互いに入玉して引き分けという偉業を成し遂げる。


 しかしそれはリアが偉業を成し遂げたわけでは無く、サチが天能リアと言う天才と引き分けた事だ。この結果をもしもシンヤやリョウやカイトが見ていたならば、歓喜の声を上げながらホームパーティーが始まる事だろう。


「驚いたね……勝つつもりだったのだが」


「リアっちは一手目にハンデをくれたでしょ? 最初に玉を動かすとかありえない。振り飛車も無いってすぐに分かるし、囲いだって予想が付いちゃうよ……ちょっとムカつくなぁ」


「何を言っているんだい? 将棋は心理戦なのだよ。相手の予期せぬ一手が悪手に繋がる事もあるのでは無いのかい」


「いや、一手目にそれは無い」


「そうかい? プロ棋士が人工知能相手に、悪手を誘うために端歩をついた棋譜を見た事があるのだよ。結果は上手く行かなかったが、考え方は悪くないと私は考えているのだよ」


「はぁ、リアっちは頑固だからそこら辺、言葉巧みに丸め込もうとするよねぇ。シンヤっちに言いつけちゃうよ? リアっちが将棋で引き分けたからって、言い訳並べてるって!」


「っんな!? 言い訳を並べているわけでは無いのだよ! 私が言いたいのは、正々堂々と戦ったという事を説明したいだけで、わざわざシンヤにそれを伝えるまでも無いと思うのだが?」


「リアっち……可愛い」


 クスクスと笑うサチをリアは睨みつけた。からかわれていた事に気付き、ため息交じりに「黙れ」と口から出てしまう。リアらしくない言動だが、二人きりのこの場では別に気にするほどでもない。


「そうだ~リアっち? 一つ、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


「構わないよ」


「天使の羽についてと、リアっちが『隠してる』計画について教えてよ?」


 空気が重くなるのを感じ取り、背筋が凍り付くような冷たい表情をリアはサチへと向けていた。互いに瞳が重なり合うと同時に、ゆっくりとリアは口を開く。

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