第62話【カオリ&ツキエピソードラスト&誕生日】

【4月6日(火曜日)/12時00分】


 本来であれば学校へ行っているはずの【中村ツキ】はこの日、親友のミカと共にショッピングモールへと足を運んでいた。理由は簡単である……「ミカ! 開校記念日で休みだからショッピングしない?」というものだ。


 父も母も共働きで8時には家を空けてしまい、やる事も無くダラダラと過ごす時間に嫌気がさした結果である。


 短い春休みを終えていきなり開校記念日というイベントを消費してしまう勿体なさを感じながら、しかしゴールデンウィークと重なる様な大事件が起きていないだけマシというもの。


 大体1時間ほど好きに見て回って、昼食を食べるために食堂エリアでいろいろな店が並んでいる場所から、正面に並んでいる椅子に腰を掛けてミカとツキは何気ない話を楽しんでいた。


「それにしてもミカは男にモテそうな体付きをしてるよね……何食べたらそんなに大きくなっちゃうの?」


 可愛らしい白色のワンピースに黒い薄手の上着を羽織っており、その谷間に視線を向けながら膨れ上がっている胸をまじまじと覗き込む。


「別に大きくない! ツキの方が男の子にはもてると思う? ――何て言うか、女の子女の子してない方が男の子って距離感近いから好きになりそう……」


「それは無い。……それは男子を理解してないわ」


 ツキは自分の服装を見ながら、ジーパンに灰色のパーカーを着ている適当な服装にため息が漏れる。女子力という見えないパラメーターの差を感じながら多分一生ミカには勝てないんだろうなと悟ってしまった。自分の胸に手を当て、あるかないかも分からない胸に母親の遺伝子に多少なりとも鋭い視線を送った。


 ――ピピピ……ピピピ……ピピピ……


 テーブルの上に置かれた機械がそれぞれのタイミングで鳴り、ツキとミカは食事をとりに行く。ツキはラーメンを、ミカは見た目に反してステーキを頼んでいた。それをおいしそうにペロリと食すミカを眉間にしわを寄せながら、ため息交じりで見入ってしまう。


 ――ラーメンを悪く言うつもりは無いけど、多分……ここに成長の差があるに違いない。よく食べる女は男に好かれるって聞くし、ダブルでパンチ食らった気分だぜ。


「私の完敗だよ。ミカ……あんたに勝てる女を私は知らない!!」


「ケホ……ケホ! な、何が!?」


「あんたはエロい! 私が知る人間で一番エロいの!」


「意味が分からないんだけど!?」


 それからしばらくそれらしい会話を楽しみながらツキは麺を食した後に、残ったスープを飲みながら、思い出したように随分前に離していたミカの家族についての話題を出した。


「そういえば、お父さんの仕事はどうなったの? 何かいろいろと大変ってミカ言ってたじゃん?」


「あぁ、パパの事は詳しく分からないんだけどね。最近、全然帰って来ないんだ。――なんか忙しそうなんだけど、オカルトみたいな事言い出すから怖くて」


「オカルト?」


「うん……未来人は本当にいたんだ! とか、タイムマシーンは存在する……世界は繋がってるんだ! とか興奮しながらはしゃいでる」


「何それ、こわ」


「本当だよ!! ――『SEEDって会社』で働いてるんだけど、ブラック企業じゃないの? って疑いたくなるレベル」


「いろいろ家庭事情って複雑だね」


「後、浮気してる可能性もある……」


「え……聞いていい奴なのそれ?」


「聞いて欲しい! パパは【トモ】って人の事を良く口にしてるの……絶対浮気。ママも疑ってる」


「トモ? ……それは浮気だね。他の女の名前を口にするのは最低」


※あくまで中学校3年生の意見です。


 そしてそれから数時間後――ショッピングモールは大量の叫び声とゾンビ達の出現により大パニックに襲われる事になる。ツキが親友であるミカを失い……カオリと共に自衛隊員とショッピングモールを脱出するなど、この時のツキは考えてすらいなかった。


【5月2日(日曜日)/13時14分】


 そして左腕を失ったカオリと、ツキ・シュン・マドはいろいろな苦労をしながらも今も生きている。群馬県に建てられている自衛隊駐屯地は辺りを修繕しながら徐々に外壁が追加されていき、中に侵入したゾンビの駆除は今日も行われていた。


「そういえばカオリさん、朝に日記を書いてましたよね?」


「そうだけど、それがどうしたの? ツキちゃん?」


「追加しておいてほしい内容があるんですよ!」


「お! 何々!?」


「今日は私の親友の誕生日なんです! ――もう、誰も覚えていないと思いますが」


「それって、もしかして……」


「えぇ、【高橋ミカ】の15歳の誕生日なんですよ。今日は……」


「そう……ミカちゃんの。何て書けばいいかな?」


「そうですね~。――私はミカほど女子力の高い女子を知らなかったけど、世界は広い……私の目の前にいるカオリさんはとんでもない程大きかったって、書いといてください!」


「ケホ……ケホ! な、何が!?」


「何でもいいじゃないですか」


「良くないよ! 全然意味がわからないんだけど!?」


 しかしこの日……ミカの事を考えていた人間は一人ではない。それぞれがそれぞれの場所で、今日が高橋ミカの誕生日であることを無意識に理解している人間は確かに存在した。


 それはベッドの上で一言も喋ることなく、しかし綺麗なゴシック服に身を包んだ金髪の天才少女がその一人である。ミカの家で服を借り、リビングで誕生日の写真を見ていた天能リアはしっかりとそれを理解していた。


 ミカを守ると口にしながら、しかし目の前で殺され……何一つとして守りたいと思った物を守れなかった少女はこの日に一体何を考えていたのか? それは誰も知る由の無い事である。

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