第63話【いや、ちょま!? 人外同士の会話】

【4月8日(木曜日)/12時24分】


 埼玉県のとあるビルの屋上に一人の少年が立っていた。白い髪をなびかせながら数十キロ以上離れたショッピングモールを遠目で眺めている。その視線に映るのは、カオリの名前を叫び続けているシンヤの姿だった。


 自らを抱きしめながら『助けたい』と言う気持ちを必死で抑えている。

 その歩を今すぐにでも前に出したい。


「ごめんよ……シンヤ少年。君がどれほど辛い思いをしてるか僕は知っている。今すぐにでも君の元へ向かい、その小さな体を抱きしめたい。でも、それは許されない。もう少しだけ我慢して欲しい」


 白髪の少年は自分に言い聞かせるように独り言を口にしながらその光景を、歯を食いしばりながら見つめている。


 それと同時に屋上のコンクリート地面が緩やかに揺れた。


 まるでコンクリートが液体に変わったかのように、正面に立っている女性を中心に波紋が生成される。そしてコンクリート地面は波紋を広げながら、白髪の少年の足場を少しだけ不安定にさせた。その状態で液体となったコンクリートは固体へと変わる。


 いきなり現れた女性に白髪の少年は視線を向けると、ため息をこぼした。


 その女性は姿だけ見れば二十代前半ほどの見た目をしている。赤色の派手な花柄の着物を身に着けており、白と黒の刺繍で所々にデザインが施されていた。そして着物なのにも関わらず魅力的な体型が色気を最大限に高めており、男性にとっては目のやり場に困る。


 しかしその目は黒く染まっており、黒髪と相まって『闇』を連想させた。

 風向きもその少女を中心に集まる錯覚におちいり、闇に引きずり込まれているようだ。


「相変わらず分からん奴じゃな――【GOD】よ。おぬしがアイリスの元から逃げ出すもんじゃから、わらわが呼び出されたぞ? 全く、面倒をかけるでないわ」


「……ん? やぁ、神月家の頭首――【神月ネオ】じゃないか? アイリスの駄々に付き合わされるなんて、ご苦労なことだね」


「戯けわっぱが! わらわを馬鹿にしておるのか、おぬし?」


「まさか、ご冗談を。それにあなたからしたら子供かもしれないが、若さを手に入れたからと言って、はしゃぎすぎないことをおすすめするよ」


「っは! そこまでの減らず口をわらわに言ってのける化け物はおぬしぐらいじゃな。……それよりおぬし、さっきから何を見ておるのじゃ?」


「ふふ、僕の大好きな人さ。それと僕の『母さん』と呼べなくもない人間だよ」


「ほほぉ、思い人と言いう奴じゃな!? どれどれ……」


 ネオは着物用の靴をカツカツと鳴らしながら白髪の少年の隣に並び、数十キロ以上離れているショッピングモールを眺めながら世間話を持ち掛けた。そしてネオの視界に映るのは、黒髪の少年と金髪の可愛らしい衣服を着用した少女だ。


「そう言えば先ほど、皆音カオリに会ったのぉ。写真で見せてもらった少女と瓜二つの顔をしておったから間違いない。アイリスが気に入っておったが、何故あんな小娘を?」


「へぇ、カオリに会ったんだ。でも僕にも理由は分からないんだよ。皆音カオリとアイリス・時雨は別の世界線で接触していたらしいから、友人なんじゃない?」


「そうか、おぬしでも詳しくは分からんか。――しかしアイリスが私情で動くとは考えづらいのじゃが。まぁ、今はまだ早いかのぉ。――それにしてもおぬしの思い人は随分と別嬪さんじゃの? 綺麗な金髪じゃし、可愛らしい服を着ておる」


 白髪の少年の肩がピクリと揺れて、飽きれた表情を浮かべる。


「ネオ、君は何を言っているんだい? 僕が言っているのは、その近くで動き回っているシンヤの方だよ」


「? ――む!? 男ではないか! それにどう見ても普通のガキじゃぞ?」


「だからなんだって言うんだい? 彼は僕にとっての全てさ。馬鹿にするなら……ネオでも殺すよ?」


「随分と入れ込んでおるのぉ、戯けが! おぬしに殺されるほど非力では無いぞ。それにアイリスは近いうち、この世界線から消えるじゃろう」


「随分と裏でコソコソ動いてるみたいだね。何をしているんだい?」


 ショッピングモールを見ていたネオがゆっくりと首を曲げて、感情を表に出さない表情を浮かべながら白髪の少年を見る。普通の人間なら背筋が凍り付くほどの威圧感を放っていたが、白髪の少年に動揺の色は見られない。


 そして不気味な微笑を浮かべると「まぁ、おぬしなら口にする事もあるまい」といって、言葉を続ける。


「この世界線で普通に生活をしておった『アイリス・時雨の死体』を在学中の学校から回収したのじゃよ。これはわらわの切り札じゃ……いずれ鼻っ柱をへし折る日が来るじゃろう」


「大胆なことするね。――まぁ、そっちの出来事に首を突っ込む気はないよ」


「おぬしならそう答えるじゃろうな。それと、そろそろわらわも仕事をせにゃいかん。悪いがおぬしを拘束させてもらうが、よいかのぅ?」


 ネオが白髪の少年に体勢を向けると、周囲の空気が変わる。太陽の光が雲に覆われ、屋上の明るさが薄れていく。そして心なしか、風が騒がしくなった気がする。


「それは、さすがに困るね」


「これは強制じゃよ」


「困った婆様だね」


 ネオが右手を横に伸ばすと、黒々とした空間の歪みのような現象が現れた。その空間の歪みはネオの首に付けられたチョーカーから生み出されており、その中へ右腕を入れる。


 そして、中から一本の日本刀が姿を現した。

 その切っ先を白髪の少年へと向けて、感情の読めない視線が突き刺さる。


 日本刀を向けられた白髪の少年は表情を変えることなく、その切っ先に視線を少し向けた後、空間の歪みへと視線を戻した。そして世間話でもするように周囲を安心させる温かい声色が屋上に広がった。


「可笑しいね。なぜ君がシンヤ少年の持っている技術と同じ物を有しているんだい? ――『彼らの存在』をどこで知ったのか聞いてもいいかな?」


「はっはっは、わらわは神月家じゃぞ? ――その頭首ともなれば、この程度の情報は耳に入る。そうはいっても、わらわが持ち出せる武器は六本も刀のみじゃが……それでも神月家の国宝じゃ。――その切れ味をその身に刻み込むがよい」


「本当に困った婆様だ。神月家の国宝まで持つ出すなんて、ヤンチャにしては度を越えているよ。それが一本だったとしてもね」


「皮肉は結構じゃ。――いっぺん、死んでみなさい」


 日本刀が振り下ろされると同時に、屋上から地上にかけて巨大な亀裂がビルに走る。その斬撃は白髪の少年を頭部から真っ二つにするべく襲い掛かるが、避ける様子は無いようだ。そのまま白髪の少年の頭部と、日本刀の刃が重なった。


 激しい衝撃か両者に走り、白髪の少年が立っているコンクリート地面が割れる。


 そのまま白髪の少年は砲弾のような速度で階層を突き破りながら地上へと落ちていった。ネオの放った斬撃はそのままビルを一直線上に切り裂き、正面の建物を数キロ単位で綺麗な切り込みを入れる。正面の建物は崩落すること無く、ただ、綺麗な切込みだけが残った。


 その恐ろしいほどの威力と切れ味、そしてこれは六本ある刀のうちの一つだ。


 地面に叩きつけられた白髪の少年は土煙と共にゆっくりと立ち上がり、巨大な風穴が空いた天井を見ながら、屋上で屈託のない笑みを浮かべてるネオを睨みつけた。そして白髪の少年は、そんな威力の斬撃を受けながら無傷である。


 言ってしまえばこれは遊びのようなもの。


 ネオは日本刀の峰を使いながら肩を叩いており、白髪の少年が先ほどまで立っていた足場まで近づき、地上へと続く一直線上の穴を覗き込みながら口を開いた。


「ふはは……かか!! ざまぁないのぉ」


 土煙が収まり、衣服に付いた土を叩きながらため息をこぼす。子供扱いしていた自分に対して(おとなげないな)と思いながらも、嬉しそうな表情を見ると一瞬でも怒りを抱いてしまった自分が馬鹿らしく感じる。


 元気の良すぎる婆様にお灸をすえるべく、両手の人差し指を伸ばした。


「情欲を抱いて男を見る者は、心の中ですでに姦淫を抱いているんだよ。――しかし勘違いしないでほしい。僕とシンヤ少年は同姓で、この意味には該当しないのだから」


 両手の人差し指を重ねて十字架を作る。


「――神のみぞ知る世界、アカシックレコード起動――」


 その瞬間――ビル全体を覆う形で、金色に光り輝く十字架が無数に出現した。そして白髪の少年の頭上には小さな十字架が無数に重なったリングが出来上がっており、その姿は『神』を連想させる。


 そのまま上空の雲に大穴が空き、太陽の光がビルだけを包み込む。

 そして光は徐々に眩しさを増していき、影が出来ないほどの光に包まれた。


 ――さすがのネオも何が起きているのか全く分からず、表情に動揺が見える。首に付けられたチョーカーから空間の歪みを生成してその中から残り五本の国宝を全て地面に突き刺す。


「なんじゃこれは! ――論理にもとづいた力では無かろう!?」


「~Sanctions of the Cross~」


 重ねた人差し指を上下に切り離すと同時に、人と人との繋がりは消える。太陽の光が視界を消し飛ばすほどの明るさに変わり、ビル全体が鐘の音で満たされた。そのままビル全体は音も無く消滅して、残るのは砂漠となった更地のみ。


 そして白髪の少年の正面には、神月ネオが立っていた。

 六本の刀から黒々とした靄のような物がネオを包み込んでいる。


「危なかったのぉ~死ぬところじゃったぞ?」


 白髪の少年は少しだけ驚いて見せると「何で生きているのか、聞いてもいいかい?」と、口を開いた。今の攻撃は同胞の中でも使える『人間』が少ない特別な物のはずだが、防がれてしまったようだ。


「そりゃ~おぬし。アイリスをこの世界線から消し去ろうというのに、この程度で死ぬようでは話にならんからな。しっかりと準備せにゃいかん。しかし凄いのぉ、何なのじゃ?」


「いつか分かる日が来るだろう。それとアイリスには逃げられたと伝えてほしい」


「わらわの立場がなかろう?」


「うん……そうだね。じゃぁ、僕が一度だけネオの頼みを聞くっていうのはどうかな。いろいろと裏で動いてるみたいだし、協力できると思うよ?」


「ほぉ、一度のみか?」


「そうだね、僕にもやる事がある。それと僕が知っている『5人の人間』を巻き込まないことが条件だよ」


「それは誰じゃ?」


「別の世界線で偉業を成し遂げた始まりの攻略者だよ。少なくともネオが知る必要もないし、計画にこの5人が関わることは無いから安心していい」


「時より名前を出していた『シンヤ』もその一人かの?」


「そうだね」


「なるほどのぉ、良かろう。おぬしの力が借りられるのなら一度の恥に見合うというもの。これだから人生は面白くてしょうがない……」


「助かるよ」


 この日、白髪の少年と神月家当主との同盟関係が結ばれた。そしてこの同盟は皆音カオリという英雄を生み出すためのきっかけとなる。何故なら、英雄――皆音カオリは戦場にでる際、必ず六本の刀を髪に括り付けて戦っていたと英雄譚で語り継がれているからだ。

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