第61話【カオリ&ツキエピソード⑨】

 一方、着物を着た女性は倒れているカオリの前で立ち止まり、カオリの事をまじまじと眺めながらその口を開いた。マドは闘争心を奪われたように戦意を喪失しており、ツキはただ黙ってその場に立っている事しか出来ない。


「アイリスの奴がおぬしをいたく気に入っておったが、よもや天使の羽を渡すほどとは思わんかったのぅ。使おうとした形跡は見られるが……その前に力尽きたか?」


 カオリが握っている天使の羽を掴み取った後に口元でその不規則に動き回る赤色の液体をカオリへと注いでいく。赤色の液体は徐々に口から喉へと入ってき、カオリは心臓マッサージを受けたように上下に動きながら意識が覚醒させていった。


「ケホ……ケホ!! ――ぅぅ……はぁ、はぁ」


「気が付いたようじゃな。して、おぬしが皆音カオリであっておるか?」


 倒れたままカオリは綺麗に映るその女性に視線を向けた。体中の痛みは続いているが、しかし喋る程度なら支障は無い。傷口からの血は止まっていき、皮膚を覆う形で徐々に傷口を塞いでいった。


「はい。――あなたは?」


「うむ、わらわは【神月ネオ】という」


「ネオ……さん?」


「しかしおぬし、適合率が低すぎはしないか? 再生されていく兆しすら見えんときたか。――つまり疑似的な『核』が生み出されておらんという事じゃな」


「核? ――ネオさんがあたしを助けてくれたんですか?」


「わらわが人を助ける? ――まぁ、間違っておらぬだろうさ」


「何が人を助けるだ!! ――俺の部下を皆殺しにしただろうが!?」


 マドが涙を流しながらネオを睨みつけている。高田と永井が殺されたことに対して、ここまで非常になれる化け物に、爪を立てずにはいられなかったのだろう。


「おぬしは何故ゆえこのような世界になったか理解しておらぬだろう? おぬしに興味は無いのでな。余の話に口を挟むでないわ」


「――ふざけるな! お前が殺したんだろうが!!」


「ふぅ、話の分からぬ馬鹿がおる。――死してわしに詫びるといい」


「っぐ!!」


 ネオは先ほどと同じように桜の花びらを指先に乗せるが、それを弾く寸前でシュンに声をかけられる。3階から降りてきたシュンは、突き破ぶられたガラス張りから外へと出ていき、正面に立っているネオに対して冷や汗を流しながら平静を装う。


 ――あぁ、失敗したら死ぬな……いや、もう死んだような物か?


「待てよ!」


「――なんじゃ。おぬし? わらわの行動を止める気かのう?」


「止める気は無いが、いくら何でも器が狭すぎるんじゃないか。その程度の戯言を聞き流せるぐらいの懐の広さを俺は感じていたんだが?」


「ふはは……お主、わらわを取り込もうとしておるようじゃが、それは不可能じゃよ。お主の思考は全て掌握しておる。――何を考えておるのかまる分かりじゃぞ? しかし、その行動力だけは賞賛に値する。よかろう……口車に乗ってやろうでは無いか」


 ――ぇ? 嘘だろ? 何だよ、そのチート。――嘘と考えを読むのは俺の十八番だろ? 何いきなり上位互換みたいなのが目の前に現れるんだよ……ぁぁやばい、死んだかも。


 シュンはため息交じりに表情を変えずにそのままの調子で話し続けた。


「考えが分かるなら、俺達が助かる方法を教えてくれないか?」


「知らぬ……自分で探すがよい」


「じゃぁ、あんたの力の正体は聞けたりするのか?」


「残念ながら答えられぬ」


「そうか……最後の質問だ。カオリが飲んでいた物は何だ?」


 シュンの問いかけに初めて視線を少しそらしたネオに、何かしらのヒントを見出した。カオリは何か重要な出来事に巻き込まれている事がシュンの中で確定した瞬間だ。


 ――二択だな。さて考えろ、鷺乃さぎのシュン――カオリに関わっていくか、関わらずに個人でやっていくか。カオリと関わっていく方が得られる情報は多いだろうが、その後に出るリスクの大きさが不確定すぎる。目の前にいる化け物女みたいなのが今後も登場する可能性だってあるんだ……死ぬ可能性はかなり高いと予想できる。


「それも残念ながら答えられぬが、色々と考えているようじゃのう? しかし、真相を知りたいのであればカオリに付くが吉じゃ。カオリがアイリスの『弱点』になるはずじゃ、こやつをここで死なせるのは少しばかり惜しいからのう」


「アイリス? 誰だよ」


「残念じゃが、お主はそれを知る事も出来ずに死ぬじゃろう……シュンよ」


 ――なんでこいつは俺の名前を知ってんだよ。いや、思考が読めるって言うのがハッタリじゃなかったって事か。一体どこまで化け物だらけの世界になっちまったんだ。妹よ……そしてサキ……先に行くかもしれない。


「降参だな……こりゃ、無理かも」


 諦めたように両手を上げてシュンは降参したと言った後に、両膝を付いて命だけは取らないでほしいと懇願するような体勢を取りながら、真顔でネオの事を見ていた。


「ほぅ。おぬしに興味は無いが、おぬしの知り合いに興味のある人間がおるのう。シュンとやらは、妹とサキという人物を探しておるんじゃろ? サキ――川村サキじゃな?」


「それが何だよ?」


「【川村家】はわらわ達【神月家】の分家にあたる……そして川村家は【時雨家】の傘下に入る事がそろそろ決定する頃じゃろう。おぬしにはこの意味が理解すら出来なかろう」


「待て!! って事は、お前はサキがどこにいるのか知っているのか!?」


 そう……シュンが言い終えた時には神月ネオはその場から消えており、シュンは目的であるサキとの合流が出来ずにその手をネオに伸ばしたまま項垂れる。


 そしてその場には、動かないまま固まり続けたゾンビ達と、その真ん中で左腕を失ったカオリ、そしてツキ・マド・シュンのみが残されており、コンクリートの熱が溜まった地面の温度を感じながら、訳の変わらない状況の変化にそれぞれが悩ませれる事になる。


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