第39話【ショッピングモール④】

 そこからのリアはただ強かった。


 そう、表現するしかない。


 エクスプロージョンを使っていないにも関わらず、その拳や足はゾンビの関節をへし折りながらそよ風のように隙間をすり抜けていく。時には店舗の中へ、時にはその場に落ちている死体の腕や足を使い、ゾンビ達の猛攻を対処していく。


「はぁぁああ!」


 リアは戦う。雄叫びを上げながら恐怖を打ち消し、数秒後の位置取りを迅速に想像しながら最善の一手を常に打ち続ける棋士がごとく、体中を激しく動かす。


 空間をすべて把握しながらアクロバティックに手すりの上を走り回っており、一歩間違えれば一階へと転落する危険な行動も場合によっては実行した。それが生きるための最善な道筋だとリアは理解しているから、ゾンビに捕まらずにその場を踊るように舞う。


 一つ一つの動作がとても美しい。


 無駄のない動きはそれだけで芸術に匹敵する。空手の型や茶道の所作、その他にもチーターの走る姿やライオンの存在感などもそうだが、そういった物に人間は惹かれてしまう。その美しさをカオリやツキはリアに感じていた。


「「すごい……」」


 この程度の感想しか言葉に出来ない。それは喋ることを脳が拒否しており、見ることを優先させていたからだ。


 リアは中指でエクスプロージョンを回転させながらゾンビ達へと近づき、懐に入ると同時にエクスプロージョンを宙へと投げる。両手がフリーになった瞬間に、足払いからの右腕で裏拳、左腕でその背後にいるゾンビに正拳突き。背後から襲い掛かるゾンビの顔面を両手で掴み、背中を後ろに倒しながら右足を振り上げて膝蹴りを食らわせた。そのまま態勢を低くしながら、横から襲い掛かるゾンビの顎を蹴り上げる。


 状況判断が常に求められており、一目見たゾンビ達の位置と数秒後の位置を計算しながら、頭と体を惜しみなく使い続ける綱渡り作業が続いた。


 歯車が少しでも狂えば死ぬ未来と隣り合わせの現状は、鋼を砕くほど精神力と凶器を恐れぬ行動力が無ければ生きることが出来ないデスゲームだ。それは『獣と人間を融合させた』ような強さを周りにイメージさせる。


 そしてゾンビ達は腕や足をへし折られ、人を襲うために必要な関節をそれぞれ粉砕されていた。地面に倒れ込んでいるゾンビは道を譲るように左右に倒れ込んでおり、立ち上がることが出来ていない。


 その真ん中でリアは金髪をなびかせながら回る。


 そして宙へと投げ出されたエクスプロージョンを片手でキャッチして、少し疲れた表情を浮かべながらカオリとツキに笑みを向けた。


「はぁはぁ、待たせたのだよ。さすがに少し疲れた」


「凄すぎるよ。リアちゃん……あんなの誰にも真似できない」


 ピクリと肩が揺れる。そしてその言葉を訂正した。何故ならその考え方は極致に立たされた時に死ぬ可能性を高める危ない考え方だと予想されたからだ。


「それは違うのだよ? 出来ないのではなくやろうとしないだけさ。私に出来ることは、全人類が出来ることだ。バク転しなければ家族が死ぬと言われたら、人間は限界を超える」


「じゃあ、私もリアちゃんみたいになれる?」


「簡単だよ。カオリならすぐだろう」


 憧れ、これが憧れだと理解した。


「そう、分かったよ」

(私は、リアちゃんのようになりたい)


 心からそう思った。


 強くて美しい、この瞬間のリアをカオリは忘れない。


 もしもカオリがゾンビや化け物と戦うようなことがあれば、きっと今のリアのように戦う。圧倒的な力で化け物と渡り合うシンヤでは無く、人間として戦うリアのようになる。


「私、その言葉を信じるよ?」


「あ……あのぉ、私もそんな風になれますか? ミカを守れるぐらい」


「ツキにもなれるのだよ。君達が思って思っている以上のことはしていない。人の限界を超えたシンヤのように戦ったわけでもあるまい」


「いや、限界を越えてたと思うよ?」


「私も、そう思います」


「はぁ、全く。私を論破したいなら千人の天才を用意したまえ」


■□■□


「なかなか似合ってるな。やっぱりシンプルイズベストって事か?」


 シンヤはトイレに設置されている鏡をガン見しながら、大量に強奪した衣服を着用する。全身が返り血で汚れていたので水道で体中を洗い流しており、モザイクがかかっても可笑しくない体勢だ。普通の世界なら確実に警備員に連行されていた事だろう。


 シンヤは黒色のチノパンに白色のTシャツとシンプルな服装をしている。そして紙袋から取り出したのはゴシック服が展示されている店舗に置いてあったとあるスプレーだ。


「撥水加工スプレー。これ……血も弾けるのか?」


 これから大量のゾンビや化け物と対面するだろう。いちいち衣服が血だらけになっていては面倒だ。そう考えたシンヤは、スプレーを着用している衣服に振りかけた。


「おぉ、水弾くじゃん! とりあえず今ある衣服にかけとくか」


 そんな下らないことを楽しそうに行っているシンヤは、カオリやリアの現状を何も把握していない。つまり、ツキやミカの存在など知る由もない訳だ。


「そろそろリアとカオリの所まで戻るか」


 何も考えずトイレから出たシンヤは、ショッピングモールリオンの中央通りへと戻っていくわけだが、出入り口と繋がっている通路で立ち止まり、外の光景に目を見開く。そこには何百を超えるゾンビの群れが並んでおり、駐車所を覆いつくしている。


 このショッピングモールリオンは、大量のゾンビによって囲まれていた。


 それは数十分前までは無かった光景だ。訳が分からない光景にただただ言葉が詰まり、驚きと共に絶望の表情を浮かべる。さすがに冷や汗が止まらない。


「はぁぁぁああ!? マジ……かよ。今すぐカオリとリアを探さねぇと」


 そしてゾンビ達の先頭を歩くのは、衣服や髪が肉片に覆われたカブリコだ。異質な再生により皮膚の所々が裂けており、骨や血が浮き出ている。両腕の刀は通常の物とは異なり、ノコギリの様な鋭利な刃物に変わっていた。


 それは天能リアが殺し損ねた、シンヤが知る由もない化け物だ。


「コ……ロス、コロ……ス。カツンカツン! ァァアア、アア、アア」


 そのままリアとカオリの元まで走り出した。その頃リア達が三階の従業員通路へと向かっている事をシンヤは知らない。いるはずもないリアとカオリを探しに、二階へと向かう。


■□■□

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