第37話【ショッピングモール②】

 それからリアはヘタレ込んでいる少女の手を取り、力強く立ち上がらせた。少女は黒髪のショートヘアーをしており、普段から体を動かしているのだろう。細い体型ながらも足腰が鍛えられているのが一目で分かる。


 そして性格が服装に表れており、体のラインが見えるジーパンに灰色のパーカーと、可愛らしいスカートなどを身に着けるタイプではないようだ。スカートでも履いた日には周りの男性が神輿を上げて踊りだすことだろう。しかしこういった極限状態に陥ると、何もできなくなってしまう女の子らしい部分もあるようだ。


「君の名前を聞いてもいいかい?」


「はい……【中村ツキ】って言います」


「ツキだね、私は天能リアと言う。年齢は同じぐらいかな?」


「今年で15になります。中学三年です」


「そうかい。私は今年で高校二年だから、近いようだね」


 ツキは妖精のように輝く金髪とその整った容姿に見惚れていた。涙で目の周りを赤く染めながらも、視線はリアに釘付けだ。そして自分より年上だとは思っていなかったようで、少しだけ驚愕する。


「そ、そうなんですか。そちらの方は……」


「私は皆音カオリ。リアちゃんと同い年だよ!」


 逆にリアはカオリが同い年だったことに少しだけ動揺する。高校生用のブレザー制服を着ている時点で年齢が近いことは分かっていたが、自分よりも年上だと思っていたようだ。


「そうだったのか。という事はシンヤもかい?」


「そうだよ」


「何と言うべきか、意外なのだよ」


「意外かな? 何でそう思ったの?」


 リアの視線がカオリの発育した体に向けられる。とても同い年の女性とは思えない。その理不尽な女性ホルモンの差に引きつった笑みが漏れてしまう。


(同じ女性して羨ましい限りなのだよ)

「何となくさ。気にしなくていい。それよりツキ、ミカと言う少女を助けてほしいと言っていたがどこにいるのか分かっているのかい?」


 ツキはリアに見惚れていたが、質問を投げられた後に表情を青白くさせながら下を向いてしまい、回らない頭でゆっくりと答えた。


「その、三階の……裏口です。小さな個室のような場所に」


「なるほど、従業員用の個室か。早速向かうとしようか」


 リアは金髪を左右に揺らし、三階へ上がるためのエスカレーターに足を進めた。即決即断がリアの性分らしく、やると決めてからの行動が早い。しかしその足をカオリが止める。


「待ってリアちゃん! シンヤ君は連れて行かなくていいの?」


 少しだけ考える素振りを取ったリアは、すぐに答えを出す。


「ダメだね。確かに今のシンヤは強いが、あの力が安全な物なのか分からない。不安定な人間を連れて行くわけにはいかないのだよ。逆上して生存者を襲ったら大変だろう?」


 そしてカオリはショッピングモールリオンでの戦闘を思い返す。シンヤはアグレストの腹部に蹴りを入れて、そのまま物流センターまで吹き飛ばした。そしてアグレストから生えた無数の腕をあり得ない動きで避けていき、あっという間に殺してしまったのだ。


 あれは確かに人間の動きじゃなかった。


 瞳が淡い赤色の光に包まれて、化け物のような目をしていた。


 それを思い返すだけで、身震いが止まらない。


 カオリは引きつった笑みを浮かべながら、黙ってリアについていく。だが、そんなシンヤの圧倒的な強さに憧れを抱いているのも事実で、回答の出ない問題を永遠とやらされるような、そんな行き場のない気持ちだけが残っていた。


 ■□■□


 シンヤはショッピングモールリオンの一階中央通りを探索しながら、左右に並んでいる様々な店舗を眺めていた。やはり女性用の衣服は種類が豊富だ。しかし、未来の自分自身が言っていた『趣味の悪い服屋』が見つからない。


「はぁ、とりあえず自分の衣服だけでも探すか」


 するとシンプルな衣服が安価で豊富に取り揃えられている大型店舗を発見した。シンヤの趣味に的を射ており、速攻でその店に入店する。


 しかし店内の灯りはついておらず、人の気配は感じない。所々で畳まれているはずの衣服が散乱しており、切り裂かれた商品も地面に落ちている。どんな悲劇がここで起きたのか、何となくではあるが想像できてしまった。


「ひでぇな」


 そして通路の至る所に転がり落ちている死体。


 鉄の匂いが鼻を刺激する。


「……」


 シンヤは会計カウンターへと向かい、鍵が付きっぱなしになっているレジスターから現金を少しだけ拝借した。自動販売機などの商品は現金が無ければ購入できないからだ。そしてシンヤの財布や携帯を含めた私物は全て学校の教室に放置されており、現在の所持金は皆無である。


「こんな状況だしな、でもこれって万引きだよな。今更だけどさ。なんか精神的なダメージがでかすぎる。いや、というか、もうこれは強盗だろ」


 人が人を襲い、そして殺し合う世界。


(まぁ、今更この程度で誰かが傷付くわけがない。現金の価値だって紙屑同然になっているはずだ)そんな言い訳を自分自身に言い聞かせながら、誰もいない店内から衣服や財布や靴を拝借する。それらを大きめの紙袋に詰め込み、店を後にしようとした。


 瞬間だ。


 聞こえて来るのはゾンビ達の呻き声。


 店内で倒れていたはずの死体がゆっくりと起き上がり、気付いた時には出入口を塞がれていた。そして数十を超えるゾンビ達が、その足をシンヤへと進める。


 そこに化け物の姿はない。


「アァ……ァァ……ァァ」


「……(ごめん)……殺すぞ?」


 そしてシンヤはコルトガバメントを握りしめた。


 数分後、店内は血の海に変わる。コルトガバメントの銃弾がゾンビ達の頭を貫き、爆散したように原型を留めていない。シンプルな内装は見る影も残っておらず、ため息交じりにその店を後にした。


 そして中央通りで少しだけ立ち止まり、一瞬だけ隣の店舗に視線が移る。

(センスの無い服屋だな。モードファッションかよ)


 気にせずその場から立ち去ろうとしたが、そこで足を止めた。

「あれ?」


 シンヤは目を見開き、視線を外した店舗をもう一度だけ見直す。そこにはガラスケースに入った子供サイズのゴシック服を着ているマネキンが展示されていた。その店舗は奇抜なファッションをした高価な衣服が取り揃えてあり、シンヤの趣味からは大きく離れている。


「絶対にこれだ! 間違いない、最悪のセンスをしてやがる」


 白と黒が混ざり合ったようなゴシック服。作りはしっかりしており、万札が何十枚も飛んでいくような値段がガラスケースの下に金属で彫られている。気付いた時には冷や汗を流しながら、そのガラスケースに暖かな吐息を吹きかけていた。


「み、見つけた」


 まるでエクスカリバーを見つけたような衝撃がシンヤを襲う。そして、そのガラスケースを割っちゃいました。一体どれだけの重罪を背負えばいいのかと申し訳なさを感じながら、ゴシック服を強奪する。

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