第36話【ショッピングモール①】
ショッピングモールの入り口から長い通路を真っ直ぐ渡りきると、左右に緩いカーブを描くように建物の形が設計されており、壁際に様々な店が並んでいる。
何となく服屋が多いと感じてしまうのは、どこのショッピングモールでも同じなのだろうか?
そのほかにも飲食店・雑貨屋・楽器店・電化製品・装飾品など、様々な専門店がズラリと並んでおり、どんな目的にも適した万全なラインナップとなっている。そして現在1階にいるシンヤ達だが、そこからでも2階や3階の様子が見えるオープンな内装になっており、それがデザインとして成り立っているのだから素晴らしいの一言に尽きる。
「かなりゾンビがいるな……リア、カオリを頼む」
パッと見ても数十体は超える程のゾンビがそれぞれの階層で、カラカラになった喉声を上げながらゆっくりと歩いている。目的無く歩き回るゾンビをここまではっきりと視認したのは初めてかもしれない。
「了解したよ。カオリ……離れたまえ。想像以上に敵が多い……目的を果たしてさっさとここから出るとしよう」
リアに抱き着いていたカオリは、しょんぼりとした表情を浮かべながら仕方ないと言わんばかりに、ゆっくりとリアから離れる。
「そうだな……とりあえず服を回収して、食料も少し欲しいな。後はこの血だらけの状態を早く何とかしたい……映画の殺人犯より酷いからな」
シンヤはズラリと並んでいる適当な店に入り、自分に合いそうな服を探し始める。
「――すまないが……シンヤ。2階へカオリと共に行ってもいいだろうか?」
「へ? 今別行動は良くないと思うが?」
「分かっているんだが……ここら辺に置いてある服はだね……」
「何だよ?」
「――……サイズが合わないのだよ。気の使えない男性はモテないよ?」
周りを見渡しながら1階に並ぶ女性用の服を見回すが、どうやら高級なブランド品が多く並んでいる店が主流となっており、確かにリアのサイズには合わない。大人の女性モデルが着るような服が多い。
「悪かった……俺も。いや、行ってきていいぞ」
本来ならシンヤも2階へ行くのが現状の最適解なのだろうが、シンヤにはどうでもいい目的があったため、そちらをリアに見られずにさっさと終わらせたかった。
真っ白な世界で会った……白衣を着たシンヤの願いだ。
「天能リアとショッピングモールへ行く約束をした……ずっと昔だけどな。悪いがお前が代わりにデートをしてくれ、1階に置いてある趣味の悪い服が並んでるお店があるはずだ。ゴシック服をプレゼントしといてくれ……『ラーメンのお返しだって、言ってな』」
口に出しながら思い出すように言葉を並べる。
ずっと昔の約束……? どういう意味だ? それにラーメンってなんだよ!? リアのキャラじゃないだろ……あいつならフォークとナイフを使うような綺麗な店に入りそうだが?
何となく今いるリアからは納得が出来ないズレのような物を感じる。リアとカオリはその場にはすでにおらず、年頃の女の子の様に2人で楽しい買い物をするのだろう。
とりあえず趣味の悪い服が置いてある店を探す事にした。と言っても、ゴシック服が置いてある店何て、このショッピングモールでも1店舗あればいい方だ。
「別に無視してもいいんだけど……」
あの時立っていた未来の自分の表情を見ると、そのぐらいの願いならかなえてもいいかなと思えてしまった。
■□■□
動かないエスカレーターを階段の様に上っていくリアとカオリは、そのなれない行動に違和感を抱いていた。
「エスカレーターを歩くのって変な気分になるね……無駄に疲れる」
「確かにそのようだね。こういった状況を体験すると、本当に世界の終焉だと理解できるよ」
2階へと上がったカオリとリアは、所々で歩いているゾンビ達から距離を取りながら服や食料を集めるために行動を開始した。ゾンビを倒すのは簡単だがここは建物の中であり、リアの武器エクスプロージョンは建物を破壊する可能性があるため、出来るだけ使いたくないと考えている。
並んでいる服屋に興奮した様子のカオリは、どれにしようかと悩んだ様子で店を見て回っているが、リアはシンプルで可愛らしい服に物足りなさを感じながらため息交じりに自分の趣味に合う服を探す。
――コトコトコト……
「――? カオリ……静かに」
そこで妙な違和感を抱いたリアが、武器を構えた。ゾンビのような一定のリズムを刻んだ足音では無く、不規則な足音が一定の音量で聞き取れる気がした。近づくわけでも遠ざかるわけでも無い……まるで尾行されているような感覚だ。
――コトコト……はぁ……はぁ……
耳をすませば聞こえる小さな足音と疲れた様子が窺える声音。カオリがその音を聞き取り、会話程度の音量で隠れている人間に声をかける。
「誰? 私たちは化け物じゃないわ……出てきてくれない?」
カオリとリアがすでに通り過ぎた2軒ほど手前の店からゆっくりと顔を出して、遠目で様子を窺う少女の姿が見えた。ひどくおびえた様子の少女は、カオリと目を合わせた瞬間にその場でヘタレ込んで泣き始めた。
「どうやら生存者のようだね……こんな状況で一人とは、また運が悪い」
リアはゆっくりと銃を下ろして、カオリと共に少女の元へ向かう。カオリは泣いている少女の背中を優しくさすりながら、落ち着かせるために優しく声をかける。
「大丈夫? 落ち着いて……まぁ、こんな状況じゃ仕方ないけどね……」
「うぅ……ぁぁあああ!! ――助けて……私の友達が……」
泣きつくようにカオリを抱きしめる少女にリアは頭を抑える。このまま一人にさせるほど鬼では無いが、助けを求められて助けられる程の余裕があるわけでは無い。正直に言ってしまえば助けてほしいのはこちらだ。
「落ち着きたまえ。君の友達はどうなった? あの化け物達の様になったのかい?」
「――違います……うぅ。閉じ込められているんです……」
「閉じ込められてるってどういう事? もう少し詳しく教えてほしいな」
割って入るようにカオリが質問するが、少女はなかなか答えようとはしない。というよりは、答えるために言葉を選んでいるような感じだ。
「モ……モンスターみたいなのが……みんなを……っ! 私は【ミカ】と逃げてた。そしたら一人の大人が助けてくれて……でも、その人はミカを監禁して……助けてほしかったら食料を持って来いって、私は一人でここに……」
カオリは学校で木村先生に犯されそうになった事を思い出しながら、苦い表情を浮かべる。生きるために何でもする人間はいる……それはもしかしたら正しい事なのしれないが、それでは弱い人間が生きられない。
「もういいよ!! 私があなたを助けてあげる!!」
「待ちたまえカオリ……いや、分かっているが感情で動いて、君が彼女を助けられるとは思わない」
「――でも!!」
「私が協力する……だが、シンヤと私では君の友人とカオリを含めて3人? それほどの命を背負える余裕は無い。こちらにもやる事があるのだから……もちろん、出来るだけ安全な場所までは案内する」
「リアちゃん!! どうしてそんな……」
リアの鋭く歪んだ視線がカオリを貫いてそれ以上の言葉を許さない。
「分かるだろう? ――人の命は平等じゃない。カオリ……君はシンヤの友人だから守る。私は英雄でもなければ民を守る国王でもない……守る必要のない人間しか、守れる自信が無い……弱い人間だ」
「そんなの……ずるいよ。リアちゃん」
「――そんなもの……私が一番理解している。君も泣き止みたまえ……私は女性が泣いている姿を見るのが嫌いだ。女性が弱い生き物として見られるのは許容できないからね」
自分自身を弱いと発言しながらも自分以外の女性が弱いとは思われたくない……それは理解できる人間にしか理解されない……リアなりの優しさの表現である。余りにも遠回しで誰にも気づいてもらえないが、それに気付ける人間がリアの隣に立って……初めて成立する関係だって存在する。
――シンヤの様に……それはデートをした別の世界の小さな歯車……
「行こうか……君の友人を助けに」
リアは手を伸ばす――泣いている少女はその手を取り……カオリは結局、何もせずにその光景を見ている事しか出来ない。
私にもっと……力があれば……その手を伸ばしていたのは、私だったの?
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