第23話【天能リアと信条シンヤの行動②】

 この場所は、左右に続く一車線道路とその正面には住宅地が並んでいた。左右から聞こえてくるゾンビ達の呻き声は徐々にリアの元へと近づいていき、すでにどちらの道も塞がれている状況だ。ゆっくりとこちらへ向かってくるゾンビ達を片目で視認しながら、リアは自動車に付いているハンドブレーキを外してドライブに切り替えた。


 そのままアクセルペダルをベタ踏みすると、吠えるような音と共に自動車を激しく揺らしながら直進する。そのあとすぐにブレーキペダルを踏みこんで自動車を止めた。体が重力に逆らうことが出来ず、正面の窓ガラスに頭部をぶつけそうになったが、これで一通りの確認は終了した。


「ふぅ、なるほど」


 リアは自動車のサイドガラスを開けて顔を突き出しながら前輪タイヤ見ており、ハンドルを適当に回しながらその前輪がどの程度左右に動くのかを確認する。そして、頭の中で速度と前輪の角度を計算しながら、感覚として体に落とし込んだ。


「理解したのだよ」


 右折しながら道路の正面に出ると、すでに前方も後方も大量のゾンビに囲まれており、引き殺しながら正面を突っ切るのは難しい状況である。リアは心からため息をこぼしながらエクスプロージョンを右手で持ち、その目を細めていく。


「ふぅ、ふぅ。化け物ども(元は人間、私の事は怨んでいいよ、憎んでもいいよ。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい)――殺す!」


 サイドガラスから右腕を突き出して歯を食いしばり、エクスプロージョンの銃口を正面にいるゾンビ達へと撃ち込んだ。銃口から飛び出すのはBB弾では無く、赤色に点滅している小型機器のような物だ。


 それが正面にいる一体のゾンビに当たり、リアはそのゾンビに向かってマガジンリリースボタンを押した。次の瞬間に起きるのは、激しい爆発とその爆風によって背後にいるゾンビ達までもが後方に倒れ込む状況だ。その光景はまさに地獄絵図。


 正面から吹き飛んできたゾンビの片腕が回転しながら自動車のサイドミラーに当たり、配線を残してぶら下がってしまった。そのまま銀色の普通自動車は真っ赤に染まってしまい、熱でワイパーのゴムも溶けて使い物にならなくなっている。血でとても正面が見えづらい。


 正面にいたゾンビ達は燃えながら爆風と一緒に住宅地へと突っ込んでいき、その住宅地で引きこもっていた生存者たちの叫び声が耳をかすめた。しかし、リアはアクセルペダルを踏み込み、そういった音をかき消しながら正面を自動車で突っ切る。


 天能リアが持つ武器『エクスプロージョン』


 それは、赤色に点滅する弾を無限に射出することが出来ると同時に、その点滅している弾に向かってマガジンリリースボタンを押すと大爆発が起きる兵器だ。特徴は、点滅している弾同士の誘爆が無いこと、そして点滅している弾に再度銃口を向けなければマガジンリリースボタンを押しても爆発しない事だ。


 威力が高すぎるが故に自分自身も被害を受ける可能性がある武器なのだが、その破壊力と汎用性は、リアにピッタリなのかもしれない。


■□■□


【4月7日(水曜日)/11時02分】


 天能リアが見知らぬ家で寝ていた頃、シンヤとカオリは準備を終えてショッピングモールへ向かうための行動を開始していた。シンヤの手にはコルトガバメントが握られており、その後ろをビクビクしながらカオリがついて来ている。


 住宅地と住宅地の柵を越えながらシンヤとカオリは移動しており、正面の道路はお祭り騒ぎのようにゾンビ達が徘徊していた。道路に飛び出そうものなら、大量のゾンビに囲まれて速攻でゲームオーバーだ。


 そして現在、シンヤとカオリは昨日の夜に洗濯した制服を着用している。学校での騒ぎで付着した血が落ち切っていなかったが、最も長持ちする制服を着ることにした。シンヤはカオリを見ながら(やっぱり、眼鏡を付けると雰囲気変わるな。無い方がいいんじゃ?)などと考えながらも、その体は震えている。


「大丈夫か、カオリ?」


「うん。なんか、小学校の頃を思い出したよ」


「随分とアグレッシブな小学生時代だな」


「ピンポンダッシュとかしちゃわなかった? 昔あるあるだよね」


「しねーよ、昭和か! ついでに俺の家は小学生のターゲットになってたから、今ならカオリに怒れる」


「ごめんね」


(今のカオリなら、謝った瞬間に笑顔で許してもらえそうだな)などと考えて気分を落ち着けてはいるのだが、多少の不安がシンヤの中にあるのも事実だ。ショッピングモールと言われて思いつく場所は、やはりここら辺に一つしかないショッピングモール『リオン』だと思ってしまう。山に囲まれた、少し田舎じみた場所に異彩を放つように建っている


 シンヤの不安はまず、自分たちが向かっている場所がそもそも合っているのか分からない。それに、行ったところで手紙に記載されていた『天能リア』に会える確証もない。


 不安だらけの内心を包み隠すようにカオリに世間話を持ち掛けようとした。


「そう言えば最近、――ん? ……ぇ!?」


「どうしたの? シンヤぁ!? んぅ~んぅ」


 その時、シンヤは見た。


 急いで世間話を途中で切り上げて、カオリの口を抑え込こむ。道路の真ん中を歩いている『謎の化け物』に、シンヤはカオリを抱きしめながら目を見開き、呼吸を荒くしながら縮こまった。シンヤの様子にカオリも状況を理解し、その音を聞いた瞬間に青白い表情を浮かべる。


「カツン! カツン!」


「「はぁ、はぁ、はぁ……(関わったら、多分死ぬ)」」


 脳裏によぎった、明確な死のイメージ。


 それは歯と歯がぶつかる音。遠目でしかシンヤは確認していないが、真っ白な肌に、両腕が鋭利な刀のようになっていた。シルエットからして人間じゃない。徘徊しているゾンビ達は、その化け物に道を譲るように左右にずれていき、その化け物の存在感を証明していた。


 それは天能リアが通っていた学校に現れた【カブリコ】だ。


 シンヤとカオリは見たことが無い新種の化け物に、ホラーに近い恐怖を抱いていた。学校で生徒や教師を殺したアグレストとは真逆の雰囲気を放っており、どちらかと言えば貞子やトイレの花子さんや口裂け女と言った恐怖のイメージが近い。


(あれはやばい。ただ存在が怖い、怖い、怖い)


 歩き続けるカブリコの足音と、歯を鳴らす音が聞こえている。シンヤとカオリの心拍数は跳ね上がり、呼吸も忘れて心臓の音を聞き続けていた。全くと言っていいほど、生きた心地がしない。


「――カツン!! カツン! カツン、カツ、ツン……」


(もう、行ったのか? ばれてないよな? もう大丈夫なのか?)


 徐々にカブリコとの距離が離れていく。それと同時に固まっていたシンヤとカオリの肩は力なく落ちていき、安堵のため息が漏れた。カブリコの音が消えたあとにシンヤは立ち上がり、柵越しで化け物の後姿を確認ながら(こんな化け物もいるのかよ)と、希望がどんどんと遠ざかっていく感覚に襲われる。


 ――瞬間だ……「カツン!!」


 シンヤの視界からカブリコの姿がいきなり消えた。後ろ姿が見えなくなってしまったことに驚愕していると、背後から聞き覚えのある『音』が聞こえた。それは先程まで聞いていた、歯と歯がぶつかり合う音。


「嘘だろ?」


 反射的に口から漏れ出した言葉。そしてゆっくり、ゆっくりと、シンヤは壊れたロボットのように後ろを振り返る。それと同時にカオリに肩を抱きしめられ、シンヤは絶望した表情を浮かべながら苦笑いしてた。


「はは」


 目の前にはカブリコが立っている。シンヤとカブリコの瞳が重なり、その顔を見ながら回らない頭が大量に言葉を吐き出していた。そしてカブリコは、ニッコリと笑みを浮かべる。


 振り上げられたカブリコの右腕が、動かないシンヤの体に振り下ろされた。


(――殺される、殺される。嫌だ! 死にたくない、どうする? ――なんだよ、これ!? 瞬間移動? テレポート? そんなの反則だ。これはいくら何でもチート過ぎるだろ……待て待て、嘘だろ!? 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、死にたくない!)

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