第22話【天能リアと信条シンヤの行動①】

 シンヤは風呂から上がり、適当な寝間着に着替えた後にリビングへと向かった。リビングにはカオリの姿が無く、2階から物音が聞こえる。


 若干の気まずさを感じながらも、シンヤは2階にいるカオリへと声をかけた。


「カオリさん。少し、話したいことがあるんだけど」


「……」


 特に返事は返って来なかったが、2階のドアが閉まる音と階段をゆっくりと降りてくる足音が聞こえる。1階から降りてきたカオリの手には、シンヤが読んでいた2通の手紙と、ベッドに投げ飛ばしたコルトガバメントが握られていた。


(やっぱり、それに気付いちゃうよな。追求したそうな顔してるなぁ)


 お互いに視線をそらしながら静寂な空気が場を支配しており、シンヤは喉を鳴らしながら口を開く。


「その、さっきは……言い過ぎた。ごめん」


「そのぉ――こっちもごめんね。それでさ、これってなに?」


 カオリに差し出された手紙を見ながら「分からない」と答える事しか出来なかった。そんなシンヤを、カオリは納得していない表情を浮かべながら見つめている。カオリは、もう一度手紙に視線を向けた。


「ゾンビを殺せる武器って、これでしょ? 血が付いてる。それにこっちにはショッピングモールに向かえって書いてある。シンヤ君は、こんな訳の分からない世界になった理由を知ってるんじゃないの?」


(パンデミックになった訳? そんなの、俺が知りたい。ぁ、そういう事か)


 そう言われて、カオリが大きな勘違いをしていることに気が付く。カオリはシンヤがこのパンデミックになった原因を知っていて、何なら犯人なんじゃないかと疑っているようだった。慌てて訂正の言葉を並べる。


「武器とその手紙は、昨日届いてきた物なんだ。俺宛てに届いた物で、どこの誰がなんの目的で送り付けてきたのか俺にも分からない」


「それを信じろ。なんて言わないよね?」


「事実だよ。――学校でカオリさんを助けたのも俺じゃない。もう一通の手紙は俺が起きた時に、机の上に置いてあった。多分、俺とカオリさんを助けてくれた人が書いたものだと思う」


「え? それは誰なの?」


「俺も学校で気絶して、顔は見てない」


「そんな……」


「それで、手紙に書いてある内容が本当か、カオリさんが風呂に入っている時に試した。結果は言うまでも無いだろ?」


 カオリはシンヤが返り血を浴びている光景を目撃しており、驚愕する。そして期待した表情を浮かべながら「じゃあ! これがあれば……」そこまで言って、下を向きながら口を閉じた。シンヤが鋭い目つきでカオリを見ていたからだ。静かで優しい声は普段と変わらないのに、全体を包む雰囲気に違和感を抱く。


 踏み越えてはいけない境界線が見えた。背筋が凍り付く感覚だ。


(シンヤ君が、怖い)


 先程まではシンヤがこのパンデミックに関わっている人間だと疑っていたが、今はもう、そんなことを考えてはいなかった。女の癇と言うべきか、こんな表情を浮かべる元クラスメイトの姿を見ては、そんな浅はかなことを口走れない。


「何でもない。なんか、疑っちゃってごめんね」


「いいよ。立ち話もあれだし、リビングに行かない?」


「そうだね。ずっと玄関で喋り込んじゃったよ」


 それからリビングに向かったカオリは「喉が渇いちゃった。台所を借りてもいい? シンヤ君の分もコーヒー用意するよ?」と言い出したので、首を縦にふった。シンヤは椅子に腰を預けながら待っており、テーブルに置いているコルトガバメントに視線を向ける。


 そのまま訝しげな表情を浮かべながら、玄関でカオリがコルトガバメントを握りしめていたことを思い出した。


(あれ? これって触れたら、パソコンの起動時みたいな音が鳴らなかったか?)などと考えながら、シンヤはコルトガバメントに触れる。すると、ファンが回るような音と共に、内部で色々な機器が動き出す音が聞こえた。


 この時、シンヤの中で一つの仮説が生まれる。


 コーヒーカップを両手に持ったカオリがこちらにやって来たので、シンヤは「カオリ、ちょっとこの銃を持ってくれない?」と口にした。するとカオリは驚いて、大さじ一杯分ぐらいのコーヒーをテーブルにこぼしながら「呼び捨て……だね」っと、頬を可愛らしく赤らめながら口にする。


(あ、ウルトラミス! 呼び捨てで呼んじまった。どうなんだ、こういうのって……ありなのか? なしなのか? わざわざツッコミを入れないで欲しい。なんか恥ずかしくなるだろ!? 謝ったほうが良いのか?)


「あ、いや」


「じゃぁ、私もシンヤって呼んじゃおうかな?」


 空気が固まる。何を言っていいのか、何を言おうとしていたのか忘れてしまう。頬を赤らめながら、女性との交流を今までしてこなかった自分自身を殴りたい。チェリーボーイなシンヤは今頃、この家に異性がいることをしっかりと意識した。


「あ、うん!」(あ、うん! じゃねーよ。子供か! ――穴があったら入りたいってこういう気持ちなんだな)


「よかった。いつものシンヤだ」


「え、いつもこんな感じだと思うけど?」


「うん。まぁ、そうだね! それで、この銃を持てばいいの?」


「あぁ、そうだった。ちょっと持ってみてほしい」


 カオリはテーブルにコーヒーカップを置くと、シンヤからコルトガバメントを受け取る。しかし、カオリが触れても機械音やファンが回るような音は聞き取れず、動いていないことが分かる。


「そのまま、引き金を引いてみてくれない?」


「え!? これ、銃でしょ? 危ないんじゃ無いの」


「ん? BB弾の弾が出るから危険じゃ無いと思う」


「どういう事?」


 カクカクシカジカ――この銃からはBB弾の弾が出る事や、それでゾンビが爆散したことをオブラートに包み込んでカオリに伝える。カオリはその話を聞きながら表情をコロコロと変えたが、コルトガバメントの引き金を引いても弾が出ることは無かった。


 その結果を見ながら、シンヤは一つの結論を導き出す。


「どうやらこの武器、俺にしか使えないらしい。理由は分からないけど」


「そうなの? 確かに全然弾が出ないけど、弾が入ってないだけなんじゃ無いの?」


「よく分からないけど、弾は入れなくても勝手に出る」


「何それ、すごくない!? どういう原理?」


「謎だな」(確かに不思議だ。弾が出るんだから、この銃から何かしらの材料が消えてるはずなのに、マジでどういう原理なんだ?)


 不自然に思いながらも、ここでは気にしないことにした。そして互いにコーヒーを飲みながら、やはり最後に残る議題はこれだ。


「カオリは、この手紙に書いてあるショッピングモールに行きたい?」


「行きたい。だってこの手紙には行けって書いてあるでしょ? 少しぐらいは、小さな希望にすがりたくなっちゃうよ」


(あれ、ここに居たほうが安全とか言い出すと思ってたんだけど、即答なの? いや、しっかりと理解してないんじゃないのか?)


「死ぬかもしれないぞ」


「それでも、シンヤは行くんでしょ?」


「まぁ」


「なら、決定だね」


 意外と速攻で決まってしまった。もっと白熱した話し合いをシンヤは想像していたのだが、考えが対立する事も無ければ、食い違いを起こす事も無かった。それと同時に話の話題が消えてしまい、シンヤだけが落ち着かない様子でコーヒーを飲み干す。


(俺、ミルクコーヒー派なんだけど、カオリってブラックで飲むんだ。言い出しづらかったから黙ってたけど、これは飲み物じゃないって)


■□■□


【4月7日(水曜日)/11時52分】


 天能リアは深い眠りから目を覚ます。カーテンによって閉ざされた部屋は適度に暗く、カーテンの隙間から見える世界はどこまでも地獄だ。精神と肉体の疲労はどれだけ休んでも消えることは無く、すでに数カ月以上は時間が経っているんじゃないかと錯覚させられた。


 人の死を、今生きている人間はすでに一生分見たことだろう。そして、それがこれから日常となっていくに違いない。


 リアは素っ裸で睡眠をとっており、エクスプロージョンを片手に地図を開いた。小柄な身長にほっそりとした体形は小学生ぐらいの子供にしか見えないが、その整った顔つきと金色の髪が大人らしい魅力を多少なりとも感じさせる。そしてほとんどの人間が、リアと会話すれば知的で独特な口調に好印象を受けることだろう。


 地図を確認しながら「ほぉ」と、賞賛の声が漏れる。


 青色に点滅している箇所が、それぞれ移動していたからだ。リアの予想では1週間はその場で待機しながら前準備を始めると思っていたが、予想よりも皆の行動が早い。


(どうやら、ただの馬鹿ではないようだね)


 死んだ人間が襲ってくる以上、早めの行動が最も生存率を高める。何故ならゾンビは人口の数だけ増えていくのだから、時間が経てば経つほど移動は困難になっていく。


 リアは地図上で青く点滅している中で、最も近い位置にいる人物を見つめていた。その光は現在進行形で移動し続けており、その目的地がショッピングモールだとすぐに分かる。


「はぁ、よりによってショッピングモールに向かうとは。何故そんな人が集まる危険な場所へ向かうのかね? ――理解できないのだよ」


 そう言いながら、自分のいる位置と青色に点滅している位置を見比べながら、どのぐらいで到着できるかを計算していた。(ここから車で2時間、徒歩で4時間と言ったところか。仕方がない、車を使うとしよう)


「運転免許は持っていないが……まぁ、今更だろう」


 リアは素っ裸のまま1階まで降りていき、洗濯して干されている自分の下着を着用した。可愛らしい黒色の下着は、リアのプライドを象徴するようにブラジャーもセットだ。本来、付ける必要が……――※諸事情により割愛。


 そのままリアは制服に視線を向けるが、着られるような状態ではなかった。仕方ないので2階へと上がって行き、写真に写っていた娘の服を借りる事にする。部屋のクローゼットに入っていた白色のフリルが付いた上着に、黒色のキャロットスカートを取り出す。


 少しサイズが大きい上着は裾をまくり上げてサイズを合わせていく。リアが普段着ている私服とは趣向に大きな偏りがあるが、新しい体験に女心がうずいているので問題ない。そして、キャロットスカートのウエストが緩いことに不敵な笑みを浮かべつつ、ベルトでサイズを合わせながら着用した。


「最近の中学生は発育が良くて困るのだよ。大きさだけが魅力では無いとしっかりと理解してほしいものだね」


 そんなことを口にしながらリアはエクスプロージョンを銃の形へと戻すと、2階から玄関へと向かい、その正面に付いているドアを眺める。その先に映る光景が地獄であることを理解しており、適度な緊張感がリアを襲うが「まぁ、行くしかないのだよ」と言い残して、玄関に置いてある自動車の鍵を持って外へと出ていった。


 そしてドアを開けた瞬間に襲うのは、血の匂いと耳をすませば聞こえてくる呻き声。所々に血痕が飛び散っており、崩れている建物がこの世界の新しい形をリアに見せつける。


 リアは警戒心を引き上げて家の横に付いている駐車場へと向かい、自動車の鍵を使ってエンジンをかけた。銀色の普通自動車はエンジンがかかると大きな音を立てはじめ、その音にゾンビ達の視線が向けられる。

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