第24話【天能リアとカブリコ・信条シンヤとアグレスト】

 反射的に目を閉じてしまったシンヤは、肩に柔らかな重みを感じる。しかし、体と体が切り離された感覚も無ければ、痛みを感じる事もなかった。そのまま、体勢が重みに耐えられずにシンヤはその場に倒れ込む。


 それと同時に聞こえるのは「シンヤ!」と叫ぶカオリの声だ。


 倒れ込んだシンヤの上にカオリが寝転がっているような体勢になりながら、カブリコの斬撃は空を切る。つまり、カオリがシンヤを押し倒したおかげで、シンヤはカブリコの斬撃を上手い具合に避けたという訳だ。


 慌ててシンヤは目を開けると、そこには現実離れした光景が映し出される。


 住宅地を囲うようにコンクリートブロックと木材で出来た柵が、まるでバターを切るように切り裂かれており、綺麗な地割れが道路に出来ていた。そして、道路を挟んだ正面の一軒家が崩落を始める。


「へ?」


 シンヤの口から間抜けな声が漏れた。


 カブリコのたった一振りの斬撃がこの威力であり、深い猫背になりながら首をこちらへと向ける姿は『異質』の一言に尽きる。額から汗が吹き出して、シンヤは上手く動かせない体を這いつくばる様にしながら、少しずつ距離を取ろうとした。


 そして、そこで硬い物がシンヤの手に触れる。


「はぁはぁ、あ!」


 それはカオリに押し倒された時に落としていたコルトガバメントだ。自分自身の手から離れていた事にも気づいておらず、恐怖で銃の存在すら忘れていた。そのまま、震える手先でシンヤはその銃口をカブリコへと向ける。


(――生きるんだ。殺す……ころす、コロス! 殺してやるよ!)


 シンヤは恐怖に駆られながら、カブリコに向かって引き金を何度も引き続けた。BB弾の弾はカブリコの腹部や肩や足に当たり、貫通すると同時にその部分に小さな風穴を空ける。


 しかし、カブリコは歩みを止める事は無く、両膝を降りながら、その鋭い腕をシンヤとカオリの元へと近づいた。(なんで。銃が効いてないのか? なんで動けるんだよ! 話が違うじゃないか!?)などと考えながら、近づいて来る刃に身震いが止まらない。


 パチ……ノイズ音が聞こえる。

《逃げろ。カブリコか……厄介だな》


 その時、深層意識の中で何かを訴えるような声が聞こえた気がする。その声につられたシンヤは無意識にカオリの腕を掴んで立ち上がると、その足で住宅地から道路へと飛び出した。しかし、道路の前でシンヤとカオリは驚愕しながら立ち止まる。


 何故なら、道路には50体を越えるゾンビの群れが集まっていたからだ。


「クソ! 嘘だろ、どこもかしこも化け物だらけかよ!!」


「シンヤ、銃……」


「分かってる分かってるよぉお! っ、くっそぉぉおっぉお!!」


 シンヤは叫びながらコルトガバメントの引き金を引き続けて、それと同時に爆散していくゾンビ達の姿に嘔吐しかけた。ゾンビはカブリコと違って爆散しながら真っ赤な血肉となり、原形もとどめないほどぐちゃぐちゃに地面に倒れ込んでいく。


(飛んできた肉片が痛い。なんで俺はこんなことをしてるんだよ?)

 真っ赤な血液が雨のように降り注ぎ、シンヤの顔や服に付着する。


(この暖かさ、生き物だろ? 引き金が重くて、苦しいよ)

 ゾンビの喉が破裂して、人間には出せない音が聞こえる。


 そしてこの瞬間だけは心の涙が止まらない。それは記憶の渦に飲み込まれていくと同時に、いずれは時効となって忘すれ去られる。しかし、この瞬間だけは『苦しい』と思えた。


 壊れた物がさらに壊れていく感覚を抱き、ゾンビの死体を踏み台にしてカオリの手を掴みながら一直線に走りだす。そんなシンヤの姿を、カオリは手を引かれながら見ていた。そして、自分を残して前に進んでいくシンヤに何とも言えない劣等感を抱き始める。


(私は怖くて、立ち止まってるだけ)


 しかし、シンヤとカオリが感慨にふける時間をカブリコは与えない。「カツン!!」っと、歯を叩く音が目の前から聞こえる。住宅地にいたはずのカブリコが正面に現れると同時に、カブリコは両腕を真横に振った。


「っ!?」


 その斬撃をシンヤは、カオリの腕を掴みながら一緒に倒れ込んで回避する。するとシンヤの真上に透明な『何か』が飛んでいき、背後に建っている建物を真っ二つに切り裂いた。それはまるで、空間の歪みのようなものだ。


(なんだよ、あれ!? 目に見える斬撃が飛んで来た。もしもあれに当たってたら、俺はどうなってたんだ?)


 少しだけ想像して、シンヤは考えるのをやめた。深く考えた瞬間に、自分の体が恐怖で動かなくなることを理解していたからだ。それほどまでにシンヤは追い込まれており、倒れ込んだ体勢でコルトガバメントをカブリコに向かって発砲した。


 BB弾の弾は、カブリコに直撃すると同時に顔を半分ほど吹き飛ばす。しかし、ゾンビ達のように爆散することはなかった。その光景にシンヤの表情が曇ると同時に歯を食いしばり、再度カブリコの振り上げた右腕を見ながらシンヤとカオリは瞳を揺らす。


(っち、体勢が悪すぎる! ――死んだ?)


 シンヤは、倒れ込んでいるカオリを蹴り飛ばして攻撃範囲から追い出す同時に、振り下ろされた右腕をコルトガバメントで受け止めようとした。


(馬鹿か、俺は? 銃であの斬撃が受け止められるわけ無いだろ?)

 この時シンヤは死を覚悟する。――当然だ。一軒家を崩落させるほどの斬撃を、ただの人間が銃で受け止めようとしているのだから、結果は誰の目から見ても明らか。


 しかし、シンヤが持っている銃とカブリコの右腕が接触した瞬間――カブリコとシンヤは互いに弾き飛ばされる。


『――鐘の音――』


 そのままシンヤはゴロゴロと転がりながら数メートル後方に設置されている柵にぶつかり、体中の空気を全て吐き出してその場で咳き込んだ。


「ゲホ、ゲホ。――なにが起きた? まぁとりあえず、生きてる。早くここから逃げなきゃ、マジで殺されるって」


 カブリコは地面に倒れ込みながら首を揺らしており、自分自身の斬撃がシンヤに受け止められたことに「カララララ! カツンカツンカツン!!」っと、激しく歯を鳴らして叫んでいる。その姿は一挙手一投足が『怒り』を表現しており、近くにいたカオリはその場でゆっくりと立ち上がた。


(意味わかんないよ。シンヤも化け物も何なの?)


 そんなことを考えながら、おぼつかないない足取りで距離をとる。カオリは自分が何をすればいいのか分からず、シンヤがこちらにやって来るのを待っていた。


「逃げるぞ、カオリ!」


「でも、まだ化け物が生きてる」


「殺せるわけ無いだろ!? 今のうちに逃げるんだよ!」


「そ、そうだよね。――分かった」


 シンヤはカブリコを睨みつけながらカオリの腕を掴み、ショッピングモールまで全力疾走で走り出す。そしてショッピングモールに到着するまでの間、シンヤとカオリがカブリコに襲われる事はなかった。何故かは知らないが。


■□■□


【4月7日(水曜日)/13時55分】


 天能リアは現在、左右に樹木が生い茂っている山道を赤色に染まった普通自動車で走行していた。銀色の塗装は血と肉によって赤色に変色してしまい、ガソリンメーターも底を突きかけている。


 そんな状況の中で、不自然な現象にリアの表情は曇っていた。


(先ほどから人の気配も無ければ車の音も聞こえないのだよ。それどころか、風で葉が揺れる音も? 一体、どうして……――な!?)


 そしてその答えは、探す必要も無く見つかった。


「なんだい? これは」


 人や自動車が樹木の枝に巻きつけられており、アートの様に身動きが取れない状況で森と一体化している。そして血液と水分を吸いつくされたように干乾びており、ポッキリと体のパーツが落ちてきた。その悪趣味な光景に吐き気と嫌悪感を隠さずにはいられない。


 この場からすぐにでも立ち去りたいと思い、アクセルを更に強く踏む。


 しかしそこで「カツン!」という、歯を叩く音が森中に響き渡った。


「――……っ!?」


 前方数百メートル先に現れたカブリコの姿にリアは目を見開き、驚愕した表情を浮かべる。そして、その姿を視界にとらえた瞬間――リアは不敵な笑みと共にアクセルペダルをベタ踏みしてカブリコに突っ込んだ。


 それは学校でリアの友人と言うべき先輩を殺した化け物と同じ個体であり、あの時なにも出来なかった自分自身がフラッシュバックする。それと同時にリアの瞳は目的の獲物を見つけた『獣』の様に鋭さを増していき、ハンドルを握る手が武者震いを起こしていた。


 カブリコは両腕を横に振り、それと同時に透明な斬撃がリアの乗っている自動車に飛んで来る。


「それは学校で見ているのだよ!!」


 リアは急いで前部座席を後ろに下げると同時に、自動車の半分が切り裂かれた。斬撃はリアの頭上を通り過ぎていき、空間の歪みとも言うべき謎の現象をその目で確認する。そしてその一瞬で、癖とも言うべき思考を巡らせていた。


(これはどういう現象なんだい? 視認できている物質が歪みを起こしているのだよ。あの化け物はワープを可能にしていた。――つまり、小規模のブラックホールにより光をねじ曲げるほどの重力が発生している? いや、あり得ない。エキゾチック物質が出現しているとでも言いたいのかい? 笑えないね。確か、数式上は既存の物理理論と整合性を保ったまま光の速度を越える事は可能であると言われているが、それなら私が生きている意味が分からない。思考が脳に届くまでの間、100は余裕で死んでいるのだよ)


 そんなどうでもいい事を考えながら、オープンカーとなってしまった普通自動車をカブリコと正面衝突させた。自動車の速度が落ちる様子は無く、そのままカブリコを引きずりながら山道の周りに設置されているカードレールに直撃する。


 ――ドン!!


 カブリコはガードレールと自動車の間でグチャリと潰されており、動く気配はない。そしてリアは激しい衝撃に襲われながら、エアーバックが吹き出すと同時に呼吸が苦しくなった。身動きが取れない体勢で、手探りをするように落ちている窓ガラスの破片でエアーバックを雑に引き裂く。そして、カブリコに横真っ二つにされた自動車の屋根から転がり落ちるように脱出した。


 そのまま警戒心を緩めることなく、エクスプロージョンを構えて口を開く。


「この程度では死なないのだろう? 化け物なのだから」


■□■□


【4月7日(水曜日)/14時00分】


 シンヤとカオリは本来であれば40分ほど歩けば到着するショッピングモールリオンに、3時間かけて到着した。大量のゾンビに襲われながら、遠回りと休憩を重ねた結果だ。そしてショッピングモールの『入り口前駐車場』に立っている化け物の姿に、目を見開いてシンヤは怒りの表情を浮かべていた。


「はぁはぁ、嘘でしょ? 何でここにあれがいるの?」


 そこにはアグレストが立っている。


 カオリは学校での恐怖を思い出して、背筋が凍り付く感覚に襲われた。しかし、これまでの経験で免疫が付いたのか、体が動かなくなるほどでは無い。アグレストはシンヤとカオリの姿を見た瞬間――右腕を巨大化させ、地面を力強く叩きつけて跳躍する。


「「っ!」」


 そして、アグレストは急降下した。


 シンヤとカオリは慌てて正面に倒れ込むと同時に、アグレストの落下による衝撃で再度吹き飛ばされる。そのまま肩や背中を地面に強打させながら、数回ほどバウンドしてその場で倒れ込んだ。


「っち、化け物が!」


 シンヤの額から、引きちぎれた制服の隙間から、血が滲み出る。


 そして焦点の合わない視線でアグレストの足元に出来た巨大なクレーターをシンヤは見ており、ゆっくりと立ち上がった。なにかが吹っ切れた様に、殺気がこもった犯罪者の目でアグレストに視線を移す。


「学校で生徒を殺したのはお前か? 違くても……」


 ほぼ同時刻、信条シンヤと天能リアはそれぞれの宿命の敵とも言うべき化け物を前にして、偶然にも同じことを口にしていた。


「「殺してやるよ」」


■□■□

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