第2章 【ゲームスタート/学校編】

第10話【白黒の日常と絶望の始まり】

 【信条シンヤ】――俺の名前だ。


 自分の事をどう思っているのか? そんな風に聞かれれば嫌いだと答える。


 いや、別に暗い性格ってわけじゃない……


 シンヤは小学校の頃からゲームが好きだった。ガッツリFPSゲームにハマり、それは趣味の域を超えていた。そういった趣味に生きる自分は、生き生きしていたと思うよ。


 ――しかし


 ゲームは所詮ゲームでしかなく、ある日をきっかけにすっぱりやめてしまった。それからのシンヤは、自分の人生を楽しくするために色々なことにチャレンジする事となる。


『空手・ダンス・書道・ギター』など、ジャンル問わずにたくさんの事をやってみた。


 しかしそれが才能の花を開く事は無かった。結果を残すようなことも無くて残ったのは、所詮自分は凡人でしかないと苦笑いを浮かべる日々の記憶。


 いつか周りに抜かれても、悔しいと思えなくなってしまったのだろうか?


 世界に名を刻み込むような、そんな人間に憧れを抱く瞬間もあるが、自分にそれが不可能だと悟るのに時間はいらなかった。


 こんなひねくれた考え方をするようになったのは今から『3年前』だ。


 シンヤが『中学校二年生』に上がってすぐの事、爺ちゃんや婆ちゃんからもらえるお年玉を使わない様に、母親がシンヤの銀行口座を作っていた。


 それからすぐの事――その口座に1000万円という謎の大金が振り込まれる。それは、両親含めてシンヤの『知らないお金』だ。


 しばらくの間はそのお金には手を出さない様にしていたらしいが、シンヤの高校受験が近づくにつれて金銭トラブルが家族内で問題視されるようになる。シンヤの知らないところで母親と父親の言い争いは続き、結果として1000万という謎のお金は生活費や養育費に充てられることになった。


 しかし大金とは人を変える物――共働きをしていた母親が仕事を止めてしまったらしい。


 それだけならまだいいが、ギャンブルやホストにハマりだしてからの金銭感覚の狂いが激しかったため、早い段階で両親は離婚することになった。


 実家に帰る母親の後姿を見ながら、シンヤは苦い顔をする事しか出来なかった。その背中に手を伸ばす勇気が、その時のシンヤには無かった。


 何が原因で離婚した?


 どうしてこうなってしまったんだ?


 待ってよ――母さん……


 扉が閉まると同時に『世界が白黒』になっていくのを感じる。その先の未来が見えれば、運命を変えられたのだろうか? そんなくだらない事を考えながら生きる日々が始まる。


 離婚の理由も1000万という大金も、この時のシンヤは知らなかった。それを知ったのは離婚してしばらく経ってからの事だ。


「シンヤ、大切な話がお前にある」


 そう話を切り出して父親から語られた話に、シンヤが納得できるはずもなく……冷たい表情を向けながらただただ話を聞くだけの作業時間。


 ――え……? 馬鹿なの?


 ポツリとこぼれ出しそうになる口を必死で止める。少しタイミングが悪ければ言っていたかもしれない……いや、言ってしまえばよかった。


 離婚の原因となったお金でシンヤはこれから始まるであろう高校生活を送るのだから笑えない。


 それから父親と話すことがめっきりと減ったシンヤは、失ってから母親の存在の大きさに気付いて苦笑いを浮かべる。家族の仲介役がいなくなるとここまで家族は回らないものかと、憂鬱な気分になっていた。


 こんな世界……ぶっ壊れればいいのに。


 信条シンヤはそのまま高校を入学して『高校2年生』へと上がり、現在に至る。


【4月5日(月曜日)】


 ネットショップに手を出さない親父が買うとは思えなかった。しかし自分が買った記憶もない。自分の机の上に置かれた箱を眺めながら独り言がポツリと漏れる。


「何だ? この箱? ――買った記憶ないけどなぁ」


 シンヤの部屋には机とベッド……それと少し古いスペックに難ありのパソコンが1台。男子なら一度は憧れて大抵すぐに飽きてしまうギターも飾られていた。


 まぁ、言ってしまえば普通の部屋だ。何か打ち込めるものが存在しないと一目でわかる部屋――自分という人間をまるで体現しているかのようだ。


 届いた荷物にはシンヤの名前が記載されている。


「何かの景品が当たったのか? やった記憶ないけど……」


 段ボールを雑に開けると、中にはスクリーントーンで球体マークが記載されている高そうなケースが入っていた。恐る恐るケースの中身を覗くと、その中には『モデルガン』と『手紙』が入っている。


 手紙の内容は、新聞紙を切り取って作った怪盗予告状のような文字で『ゾンビを殺せる武器何です』と書かれている。


「何これ? 全然嬉しくないんだけど」


 モデルガンの種類が気になり、机の横に置かれたディスクトップパソコンを起動させる。なかなか古いスペックのパソコンだけあり、このパソコンでゲームや動画を見るのは少し辛い。そこそこ長い起動時間を待たされて、そこから名前も知らない銃を検索する。


 調べた結果『コルトガバメント』という銃だと判明した。刀や銃に興味が無いシンヤだが、その重さや作りがリアルに再現されており、多分高級品だろうと理解する。2万ぐらいの価値はありそうだ。グリップ部分には『校章』のような物が埋め込まれており、小さな文字で【SEED】と書かれていた。


 ――意味などは全く分からない。


 コルトガバメントに触れた瞬間――パソコンを起動したような音がコルトガバメントから流れ出し、引き金を引いた瞬間にBB弾の弾が打ち出される。威力は普通の18禁の電動ガンと同じ程度の威力。


 いろいろと動かしながら「最近のおもちゃはすごいなぁ」と感心していた。


 このおもちゃの面白いところはマガジンが存在しないという事。BB弾をどこに入れるのか分からず、引き金を引いた瞬間に弾が出た。そこからは弾切れまで打ち続けてみたが、弾切れを起こすことは無い……魔法か何かかと疑いたくなるレベルだ。


 コルトガバメントの中でいろいろと機械が動いている……機械の中でBB弾の弾を生成しているのだろうか?


「いや、マジですごいなこれ……!?」などと言いながら、1時間ぐらい遊んで直ぐに飽きてしまった。部屋の飾りとなるまでに時間はかからないだろう。


【4月6日(火曜日)】


 信条シンヤは普通に目を覚まし、学校指定のブレザー制服に着替える。父親は一足早く仕事へ向かったのだろう……誰もいないリビングでお茶漬けを食べながら、その後学校へと登校する。


 終業式という退屈な行事も終了――本格的な授業が始まりだす時期に突入した。春休みの自堕落な生活リズムからは抜け出せず、重い体を引きずるように足を運ぶ。


 そんな時に必ず視線に入るのは『3年前』に完成した巨大なタワーだ。


 4重の螺旋型がそれぞれ交わらずに渦を巻いているような変わったデザインをしたタワー。ここ埼玉からでも見える程巨大なこれは【アヴァロン】と呼ばれる。


 誰が考えた物かは知らないが、これを作った人間を俺は尊敬するよ。


「悪くないセンスだ」


 すでに1年は通っているが、ルーティーンワークともいえる生活習慣の1つに、登校中コンビニに寄ってパンとコーヒー牛乳を購入すると言うものがある。シンヤは学食で買うよりも安く済ませるタイプだ。


 ――別にお金が無いわけじゃない。無意識に節約するのは母親の顔を思い出すから。


 いつも通りに数種類のパンと登校中に飲む埼玉県に愛されたコーヒー牛乳を片手に、学校へと到着する。この学校について語ることがあるとすれば、男子生徒率が4割で女子生徒率が6割だったことぐらいだろう。


 ――残念ながら彼女はいない。


 生徒教室が並ぶ『北校舎』へ入って行き、2学年教室が並ぶ2階へと上がっていく。1年生の頃の癖がなかなか抜けないのか、3階まで上がって行きそうになるがそれは皆が一度は体験する事だろう。


 慣れない教室とクラスメイトに若干の違和感を抱きながらも、授業開始のチャイムが鳴るまでの間――会話を楽しんだりスマートフォンをいじっていたりと、皆が好き勝手に時間を潰している。


「シンヤ君! おはよぉ~~!!」


 元気で明るい声に反応してシンヤはそちらへと視線を向けた。


 そこには物凄く地味な女子が立っている。黒髪に近い茶髪の髪色に、三つ編みを2本作った地味な髪型、大きめの眼鏡をかけている。


 それにしてもいい笑顔をする。――人生が最高に楽しいのだろうか?


 不思議と笑顔に視線を持っていかれるが、その下に付いた胸の辺りに目を見開く。なかなかいい遺伝子を受け継いでいるのだろう。――高校生の体付きを越えていた。


 この子は確か……そう! 【皆音カオリ】だ!


 カオリは昨日のクラス委員決めの時、唯一手を挙げてクラス委員長になった英雄だ。その他の委員は全て、担任の独断と偏見で決めていた気がする。こういった子が1人いるだけでクラスの周りは大きく変わる。


 それにしても行動と態度に違和感を抱いてしまう。明るい性格をしているのに地味な見た目って……プラマイゼロで普通ってことでいいのか?


「おはよう……皆音さん? だよね?」


「そうだよ! 去年も同じクラスだったよね!!」


「確かに……?」


 カオリに言われて思い出す。そう言えば去年も同じクラスで何度か話したことがあった。と言っても一言二言話した程度で内容も覚えてはいない。


 関係性はほとんどないと言っていいレベルだ。


 シンヤの近くの席にカオリは座り、それと同時にチャイムが鳴って会話が打ち切られた。それからはありふれた日常をロボットの様に淡々と過ごしていく。今日という日を明日聞かれれば、8割以上の事は覚えていないだろう。


 白黒な学校生活だ。


 作り笑顔を見せあって、将来使わない知恵を磨くためにノートを黒く染め上げる。期末テストや中間テストがバランス良く間に入っているためか、毎日のように教師はテストテストと口を酸っぱくして黒板にチョークを向けていた。


「ここ、テストに出るからな~? それじゃ、少し早いが号令……」


「――起立、礼」


 それぞれが「ありがとうございました」と心にもない返事をして4限が終了する。それと同時に昼休みが始まり、静まり返っていた教室はお祭り騒ぎの様にガヤガヤと音を混ぜ合わせていく。


「皆音はこのクラスの学級委員長だよな? ちょっとこれを職員室まで運んでもらっていいか?」


「分かりました!!」


 そんなカオリと先生の会話を耳にしたが、シンヤは気にする事も無く屋上へ向かった。そこが立ち入り禁止であったとしてもそれを気にしていればこの学校生活はやっていけない。


【北校舎:4階屋上入り口前】


 本来なら開いていない屋上の鍵だが、その隣についている窓の鍵は開いている。一部の生徒だけが知っている穴場スポットだ。と言っても利用する生徒なんていない。教師の中にも知っている先生はいるだろうが、わざわざ窓から屋上に侵入するような馬鹿な生徒はいないと考えているのだろう。


 残念ながらここにいた。


 もちろんばれたら学年指導は受けるだろう。下手をすれば謹慎処分だ。しかしその危険を冒してでも、シンヤは必ず足を運ぶ。しかし理由を聞かれると難しい……白黒な学園生活に色が欲しいと言うべきだろうか? いや、スパイスか?


 その場で軽く背伸びをした後に、気持ちの良い風がブレザー制服を通り抜けて欠伸が漏れる。


 屋上の周りを囲う大きめの柵に体の体重を預け、教師たちの目に留まりにくい北校舎の横にある裏門を眺めていた。高いところから全体を見ていると所々が変化して、動いている絵を眺めている気分だ。


 ――所々で色を見つける。


 するとそこに一人の男がゆらりゆらりと入ってくる。


 服装からして学校の職員じゃないことはすぐに分かった。歩き方から酔っ払いだと判断する。それを遠目で見ていた教師がいたのだろう、ゆっくりとおじさんに近づいていく。


 その後、教師が何かを話し始めた。


「お……面白そうな展開……」


 教師と知らないおじさんが話し合うような、そんな修羅場展開を目撃したらそりゃ最後まで見たくなってしまうのが学生というもの。いや、人間の本能と言っていい。


 教師の声は全く聞こえないが、喋りながら無意識に出ているジェスチャーで何となく内容を判断する。酔っ払いはその場でロボットみたいに止まり、右腕を上に振り上げた。不自然すぎる行動にシンヤの眉間にしわが寄る。


「何だ?」


 その瞬間――覆っている裾が引きちぎれるほど右腕が巨大化した。右腕の皮膚が引きちぎれ、中から血や骨が姿を現す。


 そのグロテスクな光景に先生は急いで逃げ出した。


 ――が、巨大な右腕を地面に叩き付けた衝撃で先生は転ぶ。それと同時にただの酔っ払い思っていた化け物は、屋上の高さまで跳躍した。


「はぁぁぁぁああ!?」


 自分が立っている屋上と同じぐらいの高さまで跳躍した化け物に衝撃を受けた。まるで映画や3Dアニメーションのような光景だ。俺は目をぐるぐるさせて、失われた白黒だった世界にいろいろな色が追加される。衝撃的な状況に世界の色を取り戻していく感覚だ。


 ――何なんだよこれ!? CG? ARってやつか? あり得ないだろ!


 興奮した俺は笑顔でその光景を見ていたが、その表情は数秒後に絶望へと変わる。


 ――ドン!!


 化け物の落下と共に大きめの地震が起きる。バランスを軽く崩しながらその場の光景を見ると、小さなクレーターが出来ていた。


「え……?」


 だがそのクレーターはペンキも塗っていないのに、真っ赤に染まってる。それが血であることはすぐに理解できたし、近くにいた生徒の叫び声が耳に届き、状況を理解するのに時間はいらなかった。


 転んだ先生はその化け物によって――、形が残らないほどペッちゃんこに潰れましたとさ。


 頭がバグったように今の光景が何度もフラッシュバックを繰り返し、繰り返し。自分が殺された先生と同じような末路を辿ったらと考えると――


「あぁあっぁぁぁっぁぁっぁぁっぁあああぁぁ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る