第3話

 9月になりました。始業式の日です。リアちゃんは、かばんにお弁当をつめて、足どりも軽く、学校へ行きました。クラスメイトも、久々の学校に、わくわくしている様子です。朝礼が終わり、始業式のためにグラウンドへ出て、校長先生のお話を聞きました。教室に帰ってきてからは、お待ちかねの「おはなしの会」の時間です。クラスで毎日二人ずつ、順番に前へ出て、学校以外の場所であったことをお話するのです。みんながふだん、どんなことを経験して、何を考えているのか聞けるので、リアちゃんは、「おはなしの会」をいつも楽しみにしています。今日は、磯貝くんと、マキちゃんの番です。マキちゃんは、リアちゃんの隣の家に住んでいて、リアちゃんとは大の仲良しです。

 磯貝くんは、家族でキャンプへ行ったお話をしてくれました。初めての釣りがとても楽しかったこと、大きな魚を釣ったことなどを、興奮気味に話してくれました。次は、マキちゃんの番です。マキちゃんは、手に小さな箱をもって前に出ました。リアちゃんは、なんだろう?と思いました。

マキちゃんは、ペレスねずみさんがやってきたことを話し始めました。ペレスねずみさんは、子どもの歯が抜けるとやってくるねずみです。抜けた歯を、枕の下において眠ると、夜の間にペレスねずみさんがやってきて、歯を持っていくかわりに、プレゼントを枕元に置いていってくれるのです。歯が抜けたマキちゃんは、枕の下に歯をおいて眠り、朝起きたら小さな箱が枕元におかれていたというのです。マキちゃんは、小さな箱を大切そうに開きました。そして、ねじを回し始めたのです。すると、教室にオルゴールの音が響きわたりました。軽快なその音楽は、一人一人の耳に心地よく響きます。どこかで聞いたことがあるようなそのオルゴールの音は、一度聞くと、忘れられません。リアちゃんは、すっかりオルゴールのとりこになってしまいました。いいなあ。ペレスねずみさんが、マキちゃんのもとにやってきたんだ。私のもとにも、ペレスねずみさんが来てくれないかな。そんなことを考えていると、気がつくと、「おはなしの会」は終わっていて、マキちゃんは席に戻っていました。

 休み時間になると、リアちゃんは真っ先にマキちゃんの机に向かいました。

「ねえ、さっきのオルゴール、見せて」

「いいよ」マキちゃんは、快くオルゴールを見せてくれました。

シンプルな木の箱を開けると、中は桜色のベロアの布で覆われています。小さな鏡がついていて、鏡の前には、チュチュを着たバレリーナの銀色の人形がついていました。ねじを巻くと、バレリーナの人形がゆっくりと、回転しました。とてもかわいらしくて、繊細な造りをしています。リアちゃんは、オルゴールを近くで見て、もっと好きになりました。

「いいなあ、私もこれ、欲しい」

リアちゃんは、ついポツリと本音をもらしてしまいました。

「リアちゃんも、歯が抜ければ、ペレスねずみさんが持ってきてくれるよ」

マキちゃんは明るくそう言いました。

でも、リアちゃんが次に歯が抜けるのはいつになるでしょう?そして、歯が抜けたとしても、ペレスねずみさんが同じプレゼントを持ってきてくれるとも限りません。

「そうだ!魔法のクレヨンを使おう」

リアちゃんは、またまた本音をもらしてしまいました。

「魔法のクレヨン?」

マキちゃんが、不思議な顔をして、リアちゃんを見ています。

「ううん、なんでもないの。見せてくれてありがとう、マキちゃん」

リアちゃんはそう言って、小躍りしながら自分の席に戻っていきました。マキちゃんは、まだポカンとしています。

さて、リアちゃんは、魔法のクレヨンで何をするつもりでしょうか?

 魔法のクレヨンを使うと決めたら、おうちに帰るのが待ちきれません。今日は、始業式だったので、お弁当を食べたら、解散です。午後の授業はありません。終礼が終わり、家に帰ると、リアちゃんはさっそく魔法のクレヨンを取り出しました。画用紙を広げ、マキちゃんが見せてくれたオルゴールをよーく思い出して、絵にしていきました。うっすらとブラウンが入った箱、ベロアの布など、色味や素材などを、クレヨンをにぎりながら、本物と同じようにていねいに再現していきます。二時間ほどたった頃でしょうか。マキちゃんが持っていたオルゴールが、紙にきれいに描けました。

「よしっ」

そう言って、消しゴムのカスをはらった時のことです。虹を描いた時と同じように、銀の粉が吹いたかと思うと、紙の上に描いたものがさーっと消えました。すると、木の箱が机の上に置かれているではありませんか。リアちゃんは、びっくりして箱を手に取りました。開いてみると、ピンク色のベロアの布、小さな鏡、バレリーナの人形など、本物とそっくりです。

「やったあ!」

リアちゃんはうれしくなって、箱をもったまま、思わずスキップしました。おっと、音がちゃんとでるかも確認しなくちゃいけません。リアちゃんは、急いでねじを巻いてみました。軽快なな音楽が、オルゴールの独特の音色にのって、流れてきます。こちらも、マキちゃんのオルゴールと同じ音楽です。リアちゃんは、何度もねじを巻いて、音楽を聞きました。バレリーナの人形がくるくるとゆっくり回転しています。リアちゃんは、バレリーナと同じように、音楽にあわせてピルエットをしたり、アラベスクをして、踊ってみました。どうやら、マキちゃんがペレスねずみからもらったオルゴールと同じものが、再現できたようです。これで、いつでもオルゴールから音が流れてくるのを聞けます。そう思うと、宝物が一つ増えたような気分です。そういえば、リアちゃんは、たくさんの人を喜ばせたり、驚かせるためにクレヨンを使おうと決めたことを思い出しました。リアちゃんは、自分のためだけにクレヨンを使ってしまったことを、少し申し訳なく思いました。でも、リアちゃんはまだ小さいから、それもご愛嬌です。

「まあ、いっか」

リアちゃんはそう言って、またオルゴールのねじを巻きました。





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