第3話

 その日、僕は学校に行くのが憂鬱だった。

なんとも言えない罪悪感に苛まれていたからだ。

とにかく、彼女にコーヒー代を返すことを忘れないようにしなければ。


 学校について、自分の席に座る。

それを見計らったかのように教室のドアから彼女が入ってきた。


「おはよー」

「ゆすらおはー」

「おはよ」


などとクラスメイトと挨拶を交わす彼女を尻目に、僕は小説を読み進める。

コーヒー代は昼休みにでも返せばいいだろう。

小説が数ページほど進んだとき、彼女が僕に話しかけてきた。


「空木くん、おはよう。昨日はごめんね」


なぜ謝られたのだろう。

謝らねばならないのは僕であり彼女ではないだろうに。


「おはよう、野々瀬さん。昨日のコーヒー代、返しておくね。昨日はすまなかった」


おかしい。言葉がすらすらと出てくる。

いつもならもっとぼそぼそと話すはずの僕が、それなりにはっきりと言葉を出せる。


「いやいや、受け取れないよ!昨日のはお詫びだし、それに……」


そう彼女が言ったとき、HRの開始時刻を告げるチャイムが鳴り響いた。


「それじゃ、またあとで!」


彼女は急いで自分の席に向かい、僕は男子皆の視線を一身に受けることとなった。


 日頃の彼女の周りを見ている限り、どうやら彼女は男子連中に人気があるらしい。

それで僕が野々瀬さんといることを妬んで見てきていたのか。

まぁ、睨むというよりは好奇の視線だったような気もするが。


「蒼良くん、今日は予定とかある?」


昼休み、今日は弁当を持ってきたらしい彼女が僕に話しかける。

一体なにが目的だというのだ。

それに、いま名前を……?


「予定はないけど、今から作る必要がありそうだね。あと何故僕の名前を呼ぶんだ」


少しの皮肉を込めて言う。


「予定ないんだね!じゃあ私と遊びに行こう!あ、名前?蒼良って綺麗な名前だなーって思ってさ」


彼女は昨日の喫茶店のときより数段階高いテンションて言った。

まったく、彼女には皮肉が通じないのだろうか。

まぁ暇だし少しくらいなら行ってやるか。


「はぁ……まぁいいよ、行ってあげよう」


これ以上何を言っても無駄に思えて、僕は抵抗を諦めた。


「やた!あ、お昼ここで食べていい?」


「ああ、勝手にどうぞ」


抵抗する気も削がれて、僕は黙々と栄養摂取に集中する。

目の前では彼女が買ってきたらしいサンドイッチと紙パックのジュースを並べていた。

不健康にしか見えないその食事は、僕の口を軽くした。


「野々瀬さん、君の食事はバランスが悪いように見えるよ」


彼女は僕から話しかけたことがさも意外かのような顔をして、それから食べていたものを飲み込んで話し始めた。


「嬉しいね、蒼良くんが私の体を気遣ってくれるとは。頭でも打った?」


話し始めた彼女のテンションは完全に喫茶店のときのそれだった。

それから僕たちは言葉を交わさずに食事を終え、彼女は席に戻っていった。

それを見ていた後ろの席の男子が好奇心の乗った声で話しかけてきた。


「おい空木、野々瀬となんかあったのか」


はぁ、面倒だ。

やっぱり彼女と関わるとろくなことがない。


「いや、別に。勝手にそこに来てご飯食べて帰っただけ」


彼と会話する気はさらさらないので、適当に返す。


「そんなわけないだろー。さては付き合ってんのか?」


いらっときた。僕はこの手の人が大嫌いだ。

僕は無言で後ろを振り向き、何も言わずに前に向き直った。

しっかり呆れた顔を見せるのを忘れずに。


 はぁ、ほんとうに面倒だ。

やっぱり彼女なんかと関わるんじゃなかった。

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