耽溺

えも

第1話

一 



 今朝からずっと気分が落ち着かないままでいた。

正直言うと”今朝”からではなくすでに”昨日”から今日のことで気もそぞろだった。

書架で本の整理をしている間も受付で貸出や返却の業務をしている間もやがて来る今日のことが頭から離れなかった。

今日は日曜。図書館は通常通り開館しているが和泉はこの日のために希望を出して休暇をとっていた。現在時刻十四時二十分。彼が来るまであと四十分ある。午前は自室で過ごしていたものの落ち着かず、いつも過ごしている図書館で時間を潰そうかと思ったがやはり変わらず昼食もほとんど胃に入らずこの時刻まで悶々とするはめとなった。

同僚の司書からは休みであるにも関わらずやってきた和泉に対してよほど図書館が好きなのだと笑われたが、敷地内のどこよりも落ち着ける場所である此処なら人心地つけるかと思って来たものの、そんなこともなく読んでいる小説の内容もまともに頭に入ってこない。

もうすぐやって来る彼———もとい”カイ”と会うのは約三ヶ月ぶりだった。カイはこの療養所サナトリウムに去年の12月に入所した。入所といっても短期間でほんの二ヶ月と少し居たくらいだった。入所した理由は幼い時からずっとやっているゴルフで怪我をしたことが原因でゴルフが出来なくなってしまい心を病んだからだという。

和泉は元々大学生だったが人間関係に悩み休学して叔父の紹介で療養所内の図書館で司書として働かせてもらっている。カイとは図書館に本を借りに来たことで出会った。

植物や茸の本を大量に借りるので変わった人だという印象があったが、暫くしてカイと図書館以外でも話すようになり次第に親しくなっていった。カイは半分異国の血が混ざっている。だからなのか長身で体格が良い。顔立ちも端正でどこかエキゾチックに感じる。カイの顔で最も特筆すべきなのはその双眸だった。大きいフォギーブルーの瞳は和泉にとってものすごく神秘的なものに見えた。日本人にはない色というものがあったが、それを差し引いても和泉を惹きつけるものがありカイにその双眸で見つめられるたび奇妙な感覚に陥った。顔立ちと目が相俟ってどことなくショーペンハウアーに似ているなと思っていた。

カイはどこか異質な雰囲気をまとっている。植物や茸の本を大量に借りたこともそうだが、今まで和泉が出会ってきた人間にはない風情がある。話し方や所作から品の良さが滲み出ていてそれで博識だ。話すネタに事欠くことがないし一緒に居て飽きることはないし落ち着く。カイは和泉にとって刺激でもあり変わり映えのなかった日々に潤いを与えてくれる存在だった。

カイの療養期間が終わって療養所を出てからは手紙と電話で連絡を取り合っていた。カイも大学生である上、遠方に住んでいるので気軽に会いに行くことも不可能だった。三ヶ月経って漸く会うことが出来るがこの三ヶ月が一年くらいあったんじゃないかと思うほどとても長く感じた。和泉とカイの関係は一言では説明し難いものだった。和泉はカイに対して特別な感情を抱いている。だが、その特別な感情が恋であるかは未だに分かっていなかった。なぜ分かっていないかは恐らく己の生い立ちのせいだと思っていた。和泉の身体は紛れもなく”男”のものだ。しかし、自分が”男”であるか”女”であるかということには決めかねていた。

和泉の父は厳格だった。考え方が古臭く男は”男らしく”、女は”女らしく”という固定観念に拘っていた。その上和泉は三兄弟の末弟であったが兄二人が父の教育通りに育ったため、兄二人と全く考えの異なる和泉を快く思っていないようだった。物心ついた頃から可愛らしい物が大好きだった。中学生の頃には興味本位で初めて母親の服を借りて女装をしたことがあった。後に女装したことを癇の強い父親に知られれば当然の如く、強い叱責が飛んで来た。腹に据えかねている父を必死に母が宥め賺していたのを覚えている。それ以来後難を恐れて女装をすることも可愛い物に興味を示すことを”家族の前では”しなくなった。

男子の制服を着るのも本当は好きではなかったが、父の目がある以上のっぴきならないことであった。

もちろんその欲求を抑えられるはずもなくひた隠しにするようになったが、父に叱責されてもなお女性的なものに対する憧れは増していった。

高校を卒業して大学に進学してから、一人暮らしをするようになった。家族の目がなくなり抑圧から解放された和泉は自分の好きなように、好きな格好をして生きることを決め大学では女性の格好をして通った。しかし、周りからの反応は決して良いものとは言えなかった。心が完全に”女性”であるトランスジェンダーならまだ理解を得られただろう。だが、和泉は性転換をして戸籍を”女性”に変えたいわけではない。周りから見れば和泉はただの”女装した男”であり奇異の目に晒されることになってしまった。

身体は男。可愛い物が好き。女性ものの服が好き。でも女性になりたいわけではない。しかし自分を”男”だと断言するには躊躇いがあった。

和泉はそんな思いに日々苦悩した。一見理解があり温かく受け入れてくれているような友人でさえ、心の底では自分を気味悪がっているのではないかと思い出すとその考えを払拭することが出来ず、最終的には周りの人間を信用することが不可能になってしまった。

普通ならば悩みがあれば家族を頼るものなのだろうが、和泉にとって家族は”気軽に己を開示することができる存在”ではなかった。家族にすら本当の自分を隠していた。母は父のように強く咎めてくるこそ無かったが和泉の嗜好に対して肯定的ではなかった。兄たちにも当然ながら父にもそんなことは口が滑っても言えることではなかった。

そのせいで結局勉学に身が入らず、休学さぜるを得なくなってしまった。そんな時唯一理解のあった叔父が斡旋してくれたこの療養所の図書館で療養も兼ねて働くことになった。

本を読むのが昔から好きだった和泉にとっては図書館は何より心を落ち着かせることが出来、他人とも最低限の会話のみで良い。物語の世界は現実の嫌なことを忘れさせてくれた。そしてこの療養所自体も郊外にあり都会の喧騒からは程遠い場所だ。緑に囲まれていて年中様々な花が咲いている。精神状態も大学に通っていた頃とは大違いで療養所を紹介してくれた叔父には本当に頭が上がらないのだった。

このような気質だからか今まで他人に恋愛感情を抱いた経験も無かった。ドラマや映画や小説などの創作物から恋愛がどういうものかは分かるものの、自身が体験したことがない故恋愛感情というものが分かりかねていた。だがカイと出会って、恋愛感情というものを理解できるんじゃないかと思った。カイは和泉に奇異の目を向けることなく他の人間と変わらず接した。和泉にとってはそれが堪らなく嬉しくありのままの自身を見てくれるカイに対して特別な感情を抱いた。離れている間は会いたいと強く願い、手紙に書かれている直筆の文字すら愛おしく思い、もうすぐ会えるとなれば胸が高鳴る。しかし世間ではこれを恋と呼ぶのだろうか。カイのことは大切だし、彼との関係をこれからも大切にしていきたいと思う。でも、恋人になりたい、性的な関係を結びたいと思う欲求が無かった。世間では恋愛感情を抱いた相手に対して性欲を抱くのが普通らしい。では、この感情は恋では無いのだろうか。自分がカイに対してそう想っているようにカイも自分のことを特別に想ってくれていると嬉しいと和泉は思う。気軽に会うことが叶わなくてもカイを想うことが許されるならそれで良いと思う。考えても自分が抱いている感情が恋愛感情なのかそうでないのか分からないのであった。

カイと直接会って本心を聞けば答えが出るのだろうか。わからない。でも兎に角和泉はカイに早く会いたかった。




 時刻は十四時五十五分。伝えられた到着時刻まであと五分だ。

和泉は図書館を出て本館エントランスへ向かう。エントランスホールの壁は白いタイル張りとなっている内装は高級感があって耿然としている。和泉は玄関扉横に設置されている姿見の前に立った。髪の毛、顔、服を順番に確認していく。数日前に美容院で髪の毛を切ってパーマをかけたためゆるく巻いたセミロングを垂らしている。化粧は濃すぎずナチュラルに。服はクリーム色のシフォンワンピースに今日は風があって肌寒いので薄手のカーディガンを羽織っている。和泉はフェミニンな恰好をすることもあればマニッシュな恰好もするなど日によって違う。化粧をしない日もあれば髪をゆるく結ぶだけの日もある。といってもユニセックスというよりは女性寄りなのでレディースがほとんどである上にフェミニンな恰好をしている日の方が多い。それに今日は待ちに待ったカイと久しぶりに会える日なのだから彼の前では出来る限り可愛い自分を見せたいという気持ちが強かった。

暫く姿見を見つめていると車のエンジン音が聞こえてきた。和泉は駆け出したい気持ちを抑えてポーチに出る。MT車特有のマフラー音を出しながらダットサン17型セダンが近づいて来る。ポーチの前で停車すると男が体を屈めながら降りてきた。カイだ。三ヶ月前と変わっていないその風采に和泉は思わず笑みがこぼれた。カイは和泉に一瞥を与えると笑って見せた。

「久しぶり、和泉」

三ヶ月ぶりに聞いたカイの声にますます喜びがこみ上げてきてどうしようもなくなっていた。きっと今の自分は変な顔をしているだろうと恥ずかしくなって和泉は若干俯きながら答える。

「久しぶりってたった三ヶ月だよ」

声が上ずってしまいそうになるのを抑えて何とか返す。上目遣いにカイを見れば大きな瞳をますます見開いて言う。

「和泉が待ちあぐねてたのような顔してるからこう言ったほうが良いのかなってね」

カイの無邪気な笑みに和泉は何も返すことが出来なかった。顔に出さずに喜ぶ、というのは自分には無理そうだった。





客人専用の寝室にトランクケースを置いた後、和泉とカイは広間に行った。全面ガラス張りの窓から光が入って明るく、室内に何席か配置されたウォールナットのテーブルと椅子で寛ぎながら話せる。

「ここに来るまで時間かかったね」

「まぁね。10時過ぎに乗った列車が事故で四時間も遅延したんだ。こんなに時間かかるとは思わなかったよ」

「大変だったね」

カイは椅子に腰かけながらその大きな体躯を屈めた。テーブルに突っ伏したまま暫く黙っていた。やがて顔を上げて気だるげに和泉を見ながら返す。

「でも、迎えの車がなかなか良かったから許したよ。やっぱりクラシックカーは良いね。見た目が良かったら乗り心地なんて考えてなかったけど今日乗ったセダンはシフトもスムーズだしクラッチワークも良くて考えが変わったよ」

カイが先程の気だるげな様子とはうって変わって意気揚々とセダンについて感想を述べる。

「それにダットサンの17型セダンは車量が六百三十キロしかないのに最高出力が十六馬力もあるんだ。やっぱり日本車は性能が良いよ」

「そうなの?古い車だし乗り心地悪いと思ってた」

「俺もそう思ってたけど、MT車ってクラッチとシフトを操作しながらギアを選択するから

運転手の力量に頼るところ多いんだよ。操作は難しいけどカッコいいし運転し甲斐がありそうだし俺も欲しいよ」

カイは機知に富んでいてこういった蘊蓄などを披露する時は分野限らず饒舌になる。疲れていた様子だったのにあっという間にイキイキとしているカイに和泉は思わず微笑む。好きなことを語っている時のカイが和泉は大好きなのだ。カイは和泉を見て思い出したように話題を変える。

「和泉の方は変わりはない?」

「ないよ。前と同じように図書館業務に従事してるよ」

「変わってない割りに電話や手紙では話すこと尽きないよなぁ」

「毎日の何気ないこととかカイくんに知ってほしいからね。そういうカイくんは?」

「俺もそんなに変わったことはないけど。大学も特に変わりないし。あえて言うなら地元のゴルフサークルにたまに参加するようになったぐらいかな」

カイは幼い頃からゴルフをやっている。以前はプロを目指していたが怪我が原因でプロへの道は絶たれてしまった。心を病んだのもそれが原因なので療養中は極力ゴルフ関係のものに触れないようにしていた。話もしないようにしていたため、今になってもどう反応したら良いか和泉は困ってしまうのだった。

「久しぶりに庭歩かないか?」

返す言葉が見つからなかった和泉に気を遣ったのか、カイがそう提案した。

「え、いいよ。疲れてるでしょ?」

「別にこれくらいじゃ大して疲れないよ。列車の中でも寝たし。それに久しぶりに庭がどうなってるか見たいんだ」

カイは遠慮する和泉の手を引いて連れ出す。カイが療養中の時も手を繋いだことはあったが、三ヶ月ぶりということもあり不意打ちだったこともあり和泉の心拍数が高まった。それと同時にカイに余計な気を遣わせてしまったことに和泉は胸中で反省した。





外へ出ると強い日差しが照っていた。微風が吹いているせいか暑さはあまり感じない。和泉は日傘をさしてカイと並木道を歩き始めた。

中折れ帽を被ったカイが肩を並べる。もう手は繋いでいないものの和泉に歩幅を合わせている。ほんの何気ないことでもカイの優しさが感じられるようで和泉は言いようのない気持ちになる。

「花いろいろ咲いてるんだな」

花壇に植えられた花々を見ながらカイが呟いた。バラやクレマチス、ライラックなど季節によって様々な花が植えられる。和泉はよく職員が花の手入れをしているのを見る。職員たちのお陰で年中綺麗な花を見られているのだと思うと敬服せずには居られなかった。

この療養所の敷地内には図書館以外にも温室や撞球室、チャペルなどがある。小規模のシアターなんかもあって街に出なくても大体のことは済ませられることや、その上自然に囲まれているので療養するには本当にぴったりの場所だと改めて和泉は思った。

「あ、ユリだ」

和泉が他の花壇から離れたところに植えられてあった純白の大輪の花を見つけて近寄る。

「カサブランカだな」

和泉に続いて近寄って花を見たカイが言う。

「ユリとカサブランカって一緒じゃないの?」

「ユリはユリ科ユリ属全般の花の総称でカサブランカはユリ属の中の花の一つのことだよ」

カイに説明されて和泉は無知を晒してしまったと思って顔を紅潮させた。カイに学が無いと思われてしまったんじゃないかと気づいた和泉は返す言葉もなくカイの顔を見ることが出来なかった。折角本を読んで知識を吸収しているのにこういう時に発揮できないんじゃ意味ないなと思うばかりだった。

「ユリと言ったら聖母マリアだな」

突然の言葉に和泉は驚いてカイの顔を見た。

「どういうこと?」

「聖母マリアは処女でイエス・キリストを懐胎しただろう。ユリの花言葉は”純潔”。処女つまり純潔。な、繋がるだろ?」

和泉の脳内にレオナルド・ダ・ヴィンチ、ボッティチェッリ、グイド・レーニのそれぞれが描いた『受胎告知』の絵画が順番に流れていった。

「前後の脈絡なくない?」

「あるよ。俺にとってユリイコール聖母マリアなんだ」

頭上にクエスチョンマークでも浮かびそうな謎すぎる方程式を疑問に思いながらもカイは嬉しそうに話す。

「ユリって花言葉が”純潔”なのに色はピンクとか黄色とかオレンジとかあるなんて、おかしいと思わないか?」

「そう?綺麗で良いと思うけど」

「”純潔”と言ったら何色にも染まらないって言うことだろう。ユリが人の手によって色んな色に染まるっておかしいじゃないか。純潔だと言うならば純潔を貫き通すべきだと思うんだよ」

「バラも品種改良で色んな色あるよ?」

「バラは良い。バラは美しさを貫くべきだと思うから。無罪放免だ」

カイはたまにおかしな拘りと持論を展開することがある。考えが突拍子もないというか、斜め上にいっているというか。そんなところも魅力的だと思うのだから和泉も思わず頭を抱えてしまう。

「それって、白無垢が”貴方の色に染まります”って意味があって黒無垢が”すでに貴方の色に染まってます”って意味のやつに似たもの?」

「ううん、そうだな。俺としては白は”何色にも染まることが出来る色”じゃなくて”何色にも染まらない”っていう解釈なんだよ。確かに黒はもう染まっている。だけど黒の上から違う色で塗りつぶすことも出来るから寧ろ黒の方が何色にも染まることができると思うんだよ」

「なんか難しいなぁ」

「和泉には分からなかったかな」

カイの小馬鹿にしたような言葉に和泉は鼻白んだ。ユリの花びらが風に揺れるのを見ながらカイは話を続ける。

「人間ってのは独自性を死守する生き物だと思うんだ。要するに自分らしさってやつだ。愛する人の色に染められるって一見素晴らしいフレーズに聞こえるが、言い方を変えれば”自分らしさを捨てて相手に合わせる”ってことだろ?自分を見失ってまで献身する愛はそりゃあ盲目的だが俺は好きじゃないね。人間は依存じゃなくてそれぞれが自立すべきだよ。互いのことを大切に思っていながら自分を曲げずに生きていくのが一番だと思うんだ」

“自分らしさ” 和泉が今までもっとも気にしていたことだ。”自分らしさ”というものを抑圧され、いざありのままの自分を曝け出せば周囲の人間への恐怖心と不信に駆られ現実から逃げ出した。療養所とカイの前では和泉は”自分らしさ”を隠すことなく生きることができる。それがどんなに息苦しくなく、嬉しいことであるかは知っているつもりだった。大多数の人間に合わせれば生きやすいことは知っている。それでも本当の自分を曝け出すことを決めたのは”自分”のためだった。しかし和泉が今こうして自分を曝け出すことが出来るのはカイのお陰であるのが大きい。彼が自分を白眼視することなく接してくれたから今こうしていれる。和泉はカイが好きだ。もし、カイと恋人同士になれば和泉の”自分らしさ”というというものは消え失せてしまうのだろうか。カイと和泉がそういった関係になるのは有り得ない、というのを暗に言われているような気がした。

「和泉、俺は恋人や夫婦の関係を否定してるわけじゃないんだよ」

気難しい顔をしながら黙考していた和泉の心中を読んだかのようにカイが続ける。

「恋人や夫婦であれば必ず互いの色に染まるわけじゃない。自立をして支え合っていくことが一番大切だと思うんだ。二人の関係に留まらず和泉が自分の性別を決めかねているっていう話にも言えると思う。確かに世の中には男女二元論が主流だけどそんなの全ての人間の考えじゃないし、和泉がしたいようにするのが一番だと思うよ。絶対に男か女かに属さなきゃいけないなんてことも無いしな。他人の考えに左右されて自分が望んだように生きられないなんて疲れるし嫌だろ」

カイが中折れ帽のつばを下げて目深に被る。顔は見えなくても何となく照れてるように見えた。

「まぁ、以上俺の偉そうなお節介論でしたってことで」

カイが立ち上がって和泉に微笑みかける。その笑顔は無邪気で子供のようだった。

「あと、俺が思うにユリは聖母マリアの潔白を証明するものだと思うんだ。マリアがヨセフ以外の男と姦通したのは間違いだということを示すためにユリの”純潔”っていう花言葉があると思うんだ」

照れ笑いを誤魔化すように早口で先程のおかしな持論の続きを話すカイに和泉は嬉しさと同時に歯痒さを覚えた。カイは和泉に対して背を向けているので顔は見れなかった。背中に向かって一言投げかけた。

「ありがとう」

その言葉を聞いたカイがちらと和泉に視線を送る。直ぐに顔を背けたあと再び帽子を目深に被った。顔は見えないが恐らく先程よりも照れているのだろう。

カイがそろそろ戻るか、と言って早歩きでその場を後にする。いつもより少し丸まった背中を追いかけて和泉は笑うのだった。




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