第3話 聞き耳

 セアラは校長が嫌いだった。都合が悪いと、話をなかったことにするからだ。だからセアラは学校のどこかで校長を見かけた途端に姿をくらました。これほど効果的に校長から避けることは他になかった。この行動が後々、校長の話す噂話を聞くことに繋がった。

 その日、セアラは朝早くに目が覚め、朝食までの間庭園に出ようと、宿舎の回廊を陽に当たりながら歩いていた。すると、目の前の角の奥から声が聞こえ、校長とそのほかの先生が話しながら姿を現した。セアラは毎度のように、すぐさま柱の陰に隠れた。すぐに立ち退こうと足の向きを変えた。

 その朝の校長らの声は、回廊に響き渡って特によく聞こえた。だからセアラはうっかりと淑女らしからぬ行動に出た。聞き耳だ。

 ミリアム殿下の名が出なければセアラだって聞き耳をたてるような真似はしなかった。

 「本当に心配です。何がミリアム殿下のお気に召したのでしょう。あんな自由な子が 一体どうして…」

 「きっと何かの縁ですよ。それに、あの子も王家の一員となれば自然と成長していきますよ、きっとね」

 「とりあえず、輿入れの時までが心配です。彼女は王太子殿下とよくできるでしょうか」

 「校長先生?私この間の新聞で拝見しましたが王太子様はご立派です。だから安心なさってください。仮にもあの子は、王太子妃になるのです。今のうちに恩を売っておけば後々何か帰ってきますよ。あの子からでなくとも王太子様からね。そのためにも余計なことで悩むのは良くありませんわ」

 そのあたりになると声は遠ざかり、突き当たりで曲がったので、聞こえなくなった。時々かすかに高らかな笑い声が聞こえるがその声も長くは続かなかった。

 セアラはその場で、柱の影の隠れたまんま、背と柱をこすり合わせて腰を下ろした。その時の彼女は無気力そのものだった。


 それから一体どのくらいそうしていただろう。朝になる鐘が鳴って、セアラは肩を震わせて我に帰った。そうして気持ちを落ち着かせて彼女は、今までに知った話のピースを組み合わせた。もし自分が校長たちの話していた『あの子』なのであれば、ミリアムの話も合点が行く。確かに彼女らの話していたことが実現したなら、セアラはミリアムの義姉になるのだ。セアラは王太子妃となるのだから。

 この時、セアラは自国の王太子について対して知ったことはなかった。それからの彼女の行動は素早く、きびきびとしていた。

 彼女はミリアムに真相を聞きに行こうと背筋を伸ばした。


***


 「あら、セアラ。その、どうしたの?」

 セアラが王女の元を訪ねると、王女はまだネグリジェのままで、眠そうに目を擦っていた。

 「あなた早起きなのね」

 「このような時間に訪ねたことをお許しください、殿下。実は聞きたいことがあるのです」

 セアラは裾を持ち上げて優雅に礼をした。

 「もう、セアラ。そんな堅苦しいのはやめて。何の話?聞くわ。あ、もしここ数日会いに行かなかったことなら謝るわ。私、あなたの楽しみを削ぐような真似をしてしまって、ここで深く反省していたの。だから怒らないでね」

 王女はセアラの突然の訪問に驚きながら、喜んでいるようにも見受けられた。

 「王女様、私は怒ってなどいませんよ。ただ、お聞きしたいのです。あの、私が義姉になることについて…。私どうしても気になってしまって…。もしその話が本当なのでしたら、それほど光栄なことはありませんもの」

 そうセアラが言うと、王女は顔を輝かせた。

 「嬉しいわ。それなら教えてあげる。まだ秘密の話なのよ。誰にも言ってはダメよ」


 そうして王女殿下はセアラに、全ての真相をこと細やかに話してくれた。

 ことの次第はこうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る