第2話 王女殿下
セアラの一つ下にはこの国の王女がいた。王女はミリアムといい、平等とはいえ、一目置かれた存在だった。一目置かず、且つ王女に興味を示さなかったのはセアラくらいなものだった。
「あなたって、私が今までに会った中で一番素敵だわ」
王女はセアラに言った。
「あなたのこと、セアラって呼んでもいい?なんとかかんとかさん、とか呼ぶのは堅苦しくて嫌だもの。私あなたとはとってもいい仲になれそうだわ」
王女は可愛らしく、様々な人を魅了する何かをもっていた。しかし、誰にでも欠点は付きもので、彼女の場合それは、おしゃべりのしすぎで周りが見えなくなることだった。
「ねぇ、あなた知ってる?クラウバードの小説。読んだこと、あるかしら?」
セアラは静かに首を振った。この時セアラはいつものように庭園で植物についた虫を取ったり潰したりしていた。
「セアラってすごいわ。そんなもの触れるなんて。あなたが触っていたから私も何年か前に触ってみたけど、こそこそするそいつらの足が気持ち悪かった。それに体液も、気持ち悪かった」
真似をする割にはやや臆病者の王女様だ、とセアラは腹のなかで呟き、今度はバラに手を掛けた。それを横目にみた王女が貴人の歩き方を真似てゆらゆらとセアラの横に並んだ。実にませた王女様である。
「バラは素敵よ」
そういってミリアム王女は、バラを茎から手折って鼻に近づける。手折らず自分がバラに顔を近づけていたセアラにとって、王女のその行為は腹立たしいものがあった。セアラは眉間に彫刻刀で浅く擦ったようなしわを寄せた。
王女はそれをみて、バラを自分が抜いたところに突っ込んだ。やったことをなかったことのように。
「父ならあぁしたわ」
最後の締めは言い訳だった。
この国の王様は植物に対して何かと違った感情はもっていないようだ。
「あぁ、なんの話をしていたんでしたっけ。そうそうクラウバードの小説!素敵よ。悲劇の恋を描いたものなのよ」
王女が話を始め、セアラは王女がバラの茂みに突っ込んだ手折られたバラを探し当てていた。手折ってしまったなら生けるくらいはしなければという思いからだ。
「セアラは心が美しいのね。あなたが私の姉になってくれたらどんなに素敵でしょうね。クラウバードの小説には必ず失敗するカップルと、ハッピーエンドのカップルがいるの。セアラたちはきっと素敵な、ハッピーエンドのカップルの方ね」
一瞬聞こえたおかしな言葉の文法にセアラは微かに首を傾げて振り向き、後からついてくるミリアムに疑問の視線を投げかけた。
「一体どなたが素敵なカップルと仰ったの?」
聞き間違いは世の常だ。
「セアラ、丁寧語はやめて。お友達でしょう?あぁでも、再来年にはお義姉様、ね!だとしたら余計に丁寧語はいけないわ。家族になるんですもの」
今度は確実に聞き間違いではなさそうだったが、何かの間違いであることを祈りつつ、セアラは質問を重ねた。
「恐れ多いいですわ。家族だなんて。それに、なんの話だか伺っても?」
こんな不躾な質問ができるには今だけだ。
「なんの話って、あぁ。あなたにはまだ言ってはいけないんだったわ。ごめんなさい、セアラ。でも悪い話じゃなくてよ」
***
それから数日、ミリアムがいつものようにセアラのもとに訪ねてくることはなくなった。なので、一体なんの話だったのか聞くこともできず、セアラはもやもやとしていた。悪い話ではないとミリアムに言われて、信じてはいるが、果たしてそれは自分にとっても悪くないものなのか。ミリアムとセアラでは、何が幸運か話しても、意見が合うことはないと思われるほど考え方が異なっているのだ。
ミリアムは確かに、セアラが彼女の義姉になると言った。となると、義姉妹の契りをかわすつもりなのか。もしそうなればセアラの一生は安泰、家族も恩恵をおまけ付きで受けられる。
そうやって考えて、再び数日が経った。その数日後、セアラは校長とマナーを教える教師が噂橋をしているところにばったりと出くわした。
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