旅人 セアラ
章詩 薫
第1話 セアラ
セアラの髪はこげ茶色をしている。日に当たればそれは鮮やかな茶色となり、雨に濡れれば妖艶な煌めきを放つ。自分の髪がセアラはとても大好きだった。
大きな庭園のガゼボは、通り雨を避けるのに最適な場所で、そこでセアラは髪を絞っていた。腰まである髪は時にうざったく感じるけれど、大切な体の一部だった。
この庭園はウォルポール女学校の広い敷地内にある庭園で、生徒が淑女の散歩をするための場所だ。この女学校は未婚の貴族令嬢を中心に淑女教育をしており、男性は一人としておらず、この時代かなり閉鎖的な場所だった。
ウォルポール女学校はおよそ百年前に建てられた、淑女のための教育をする場であり、五年制で十一歳から十七歳までの令嬢がここにいた。
それより前の、貴族令嬢一人一人に家庭教師をつけていたその昔、ある子爵出の女が家庭教師をしていた伯爵令嬢の輿入れに付き添った。令嬢の輿入れ相手は当時の国王。一体どこにそんな余裕があったのか、国王は伯爵令嬢ではなく令嬢の家庭教師を見初めてしまう。この時女は既婚。国王の行動は後世に残る汚点となった。
また、隣国が教育改革に乗り出し、これを受けて、とある女王は『女の学校』というものの創立に力を入れた。こういった経緯から女学校は創立され、百年もの間に家族さえも滅多に立ち入れられない秘境の一部と化した。そこでは男爵令嬢から公爵令嬢、王女に至るまで平等であると謳っていた。
ウォルポール出ならば嫁に迎えるという、考え方も貴族の間に芽生え始め、家庭教師を雇う貴族は時代遅れとバカにされた。
娘が生まれた途端にウォルポールの席を確保しようとするのがこの国の貴族であった。
平等を謳うこの中で、セアラは公爵令嬢の肩書きを持っていた。そして、裏では『変わりもの』とも呼ばれていた。
彼女がなぜ『変わりもの』と呼ばれるのか、理由はいくつも挙げられる。規律がある中であまりに自由な女の子であるからである。あまりに『変わりもの』であるから、他の生徒が引いてしまうのである。
セアラは親に言われてここに入学したが、ここが実家よりも閉鎖的であるために、退学したいと校長に願い出た。これに校長は腰を抜かした。
それから退学の話はいつの間にか立ち消えとなった。セアラからしてみれば立ち消えになったのだが、校長は話をそらし続けていただけだった。
十一で入学したセアラは十二の時、退学の話が立ち消えた瞬間に、隙をついて、寄宿舎側の城門から脱出を試みた。結果をいうと、成功した。しかし彼女はその後のことを全く考えていなかった。ふらふら下山をしたところをあとを追ってきたウォルポールの女に捕まった。それから、セアラには監視が付いた。脱出は成功したがその後は失敗したのである。世を知らない幼さからでた、現実だった。
それから三年後の十五になった秋の日暮れ、セアラはとある話を耳にした。
『この話』が彼女の新たな人生の幕開けとなるが、まだ彼女はそんなことなど知らない。
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