第4話

——はじめて彼を意識しだしたのはいつのことだっただろう。


「秋葉も一緒に入ろうよ。何か面白そうだし」


 そんなことを言われて、流されるままにオカルト研究会に入部した。

 もともとオカルトなんて興味はなかった。

 誘ってくれた友人が他の部員と仲良くしているのを見るのは辛かった。

 ひどい疎外感だった。

 それでも、なぜか退部する気にはならなかった。


「実は僕、信じてないんだよね。心霊現象とか、UFOとか」


 初めて話しかけてくれたのが依田先輩だった。


「見たことないからさ。正直体験してみたいんだよ。けど全然で、オカ研入ればそういう話もあるかと思ったんだけど。……こんなだからもう信じないことにしたんだ」


「そうなんですか。私も正直そういうのはあんまりで……」


 最初は他愛ない会話だった。

 何度か話すうちに、彼がオカルトを信じていないこと、けど物語としてその手の話を好きなこと、そして、研究会に馴染めていない私のことを見かねて話しかけてくれたこと、彼について知ることができた。


 依田先輩はなんて優しいんだろう。

 感謝が恋慕に変わるのにそう時間はかからなかった。


 オカ研が苦にならなくなったのものも依田先輩がいるからだ。けど、先輩と話すのは結局、研究会のことばかりで全然、先輩自身のことは今ひとつ話してくれない。そして、最初に話しかけてくれたような優しい声もだんだん少なくなっていった。



 彼のために何かしてあげたい

 彼が望むことをしてあげたい。

 そうしたらまた、私に優しい声をかけてくれるだろうか。





 放課後のオカ研部室には、大宮と古城の2人がいた。

 西日に目を細めた古城は、眉間にしわを寄せ大宮を見つめている。


「いいんですか? アポも取らずに忍び込んだりして」


「いいのいいの」


 大宮はスマートフォンをいじっている。

 古城の言葉などどこ吹く風だ。


 古城はため息をついた。

 大宮の思い付きに振り回されるのには慣れっこだが、突然また「学校に行こう」なんて言い出して、「連絡なんていいから」などと事務所を引っ張り出されたのには言葉を失った。社会常識がないのだろうか。


 魔術まで使って守衛の目を欺いたときは、「普通に入れるのになんでわざわざ」と怒鳴ってやろうかと思ったほどだ。しかし、珍しく積極的に動いているのを見るとなんとなく怒りにくい。流されるまま学校に来てしまったが、いいのだろうか。


「そろそろかな」


 大宮は扉を見ながらスマートフォンをしまう。

 扉は重たい音を立てながらゆっくり開いた。

 向こうにいるのは依田と栗栖の二人だ。

 依田は顔を伏せ不安げに立っている。

 対照的に、栗栖はどこか不敵そうな表情をたたえている。


「いきなり呼び出してなんですか?」


 依田の声は細い。


「うん。なんとなくだけど見当がついたからね、ちょっと話を聞いてもらおうと思ってさ。できれば一人で来て欲しかったんだけど」


 大宮はちらりと栗栖を見た。


「依田先輩が心配だったので」


 大宮の視線に気づいたのか栗栖は落ち着いた様子で答える。にまりと上がった口角に対し、声は抑揚がなく冷たい。


「いいよ、別に。特別不自由するわけでもないし。まあ、適当に掛けてさ、立ちっぱなしもなんだし」


 促されるまま二人は椅子に座った。

 その様子を確認した大宮は話しだした。


「高校生ってのは、やっぱり思春期なのかな。子どもから大人になる途中、過渡期なんだよね。つまりは"境界"にいるんだよ」


 もったいぶった調子で語る大宮に古城は眉をひそめた。


「境界ってのは、怪異が寄り付きやすいものなんだ。例えば黄昏時、昼と夜の境とかね。あとは、橋の上だったりトンネルだったり、そういう場所も良くない。まあ、何が言いたいかっていうと君たちくらいの年齢って実は怪異を寄せ付けやすい、ってことだ」


「だから何が言いたいんです?」


 揚々と語る大宮に依田は不満を隠そうとせず不躾に問うた。


「だから、高校生ってのは怪異を寄せ付けやすい。そして、他に怪異を呼び込む条件があるんだが……。それは強い"思い"っていうのかな、大きな感情の動き、そういうものも怪異を呼び込む。この感情は憎しみだとか恨みみたいな負の感情はもちろんだが、例えば恋慕みたいな、そういう感情も怪異を呼んじゃうんだ」


一通りしゃべり終えた大宮は栗栖に視線を向けた。

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