第3話

 破られた頁は少しの間宙を舞った後、紫の炎に包まれた。

 頁を焼いた炎は大宮の頭の上で集合し球体となる。


「丙式魔道書魔術、五頁出力。紫炎蹴鞠」


 大宮は頭上からゆっくりと降りて来た炎球を、迫り来る怪異に向けて蹴りつけた。

怪異は突然の反撃に対応できず、正面から放たれた紫炎を受け止める。


 炎は弾け、瞬く間に女を包み込んだ。

 焦げるようなにおいが鼻をつく。


 女は声にならない悲鳴をあげながら、焼かれる苦しみに廊下をのたうちまわり、しばらくすると動かなくなった。


 廊下の端にうずくまる塊は、一瞬激しく燃え上がると灰も残さず消滅した。


——室内のはずなのに風が吹くのを感じた。


 さっきまでのじめじめした嫌な空気が押し流される。


 ふと気がつくと、元の校舎に戻っていた。


 いくつかの教室から雑多な音が聞こえてくる。


「やりましたかね……」


 古城は大宮を見つめる。


「うん。5ページも使っちゃった。ちょっと張りきりすぎたかなあ」


 不安げな古城を意に介さず、大宮は魔道書の頁数を確認すると、「2ページで良かったかもなあ」などと小さく呟き、魔道書を胸ポケットにしまった。


「まさか昼間からこんな間に合うなんて」


「けど、これで彼の言葉が真実だと分かったわけだ」


 大宮はニヤリと笑ってみせた。

 




 西日が差し込む大宮魔道士事務所にはコーヒーのいい香りが漂っていた。

応接間には依頼人である依田が座っている。


「 だ、大丈夫だったんですか⁉︎」


 大宮から話を聞いた依田は声を荒げた。


「魔道士だからね」


 対照的なあっさりした返事に依田は拍子抜けした。


「僕たちを襲った怪異は、テケテケと呼ばれる都市伝説に酷似していたよ」


 僕の魔術で退治してやったんだけどね、大宮は唖然とした依頼人を横目に、魔法を放つようなジェスチャーをしてみせた。


「テケテケ、ですか……」


 依田は言葉に詰まった。

 その様子を見た古城が、


「何か思い当たる節でも?」


と聞くと、


「……いえ、別に」


 依田は口を閉ざす。

 そんな2人をさておいて大宮が話し出す。


「それにしても、君の周りで起きてる怪奇現象はいちいちベタだよね。ピアノがどうとか模型がどうとか。僕らが遭遇したテケテケだって手垢のついた都市伝説だ」


 少しの間黙ったあと、


「他にさ、どんな七不思議があるの? 君の高校には? オカ研なら詳しいんじゃない?」


「僕の通ってる高校には七不思議とかそんな話はありませんよ」


「ふーん」


 大宮は依田に視線を向けたままコーヒーを飲んだ。


「——けど、最近、オカルト研究会で七不思議について話したことがあって……」


 依田は大宮の目に気圧されたのか、七不思議について、言い出しにくいことのように話し出した。


 依田がオカルト研究会で話したという七不思議は、

・無人の音楽室で鳴るピアノ

・ひとりでに動き出す人体模型

・廊下に現れるテケテケ

・13階段

・合わせ鏡の呪い

・足を引っ張られるプール

・壁から無数の手が現れる

といったものだ。


 このうち彼が体験したというのは、ピアノ、人体模型、13階段の3つだという。


「私たちが遭遇したのを加えると、すでに4つの怪異が起こっているということになります」


「学校の七不思議だと全てが起こると何か大変なことになるってのが定石だけど……、あと3つか。解決を急いだ方がいいかもね」


 依田の話を聞き終えた古城と大宮は少し焦ったように話し出した。

 そこに依田が割って入る。


「待ってください。あと3つっていいますけど、うちの学校には合わせ鏡もプールもありません」


 何かを察したのか、依田の顔から血の気が引いた。


「あと1回、そんな怪奇現象にあったら、僕はどうなるんでしょう」


 依田は縋るように2人を見つめた。

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