第26話 苦悩のなかを行く

「めずらしいわね、あなたが酒を飲むなんて」

セントラルホテルのバーで、白馬が待ち合わせをしている。普段の白馬は、意図的に酒を断っているというよりも、体が欲しない。頼むのはツマミばかりであった。


「飲まなきゃやってられない日もあるさ」

飲み慣れていないせいか、あまり様にはなっていない。


 ひときわ目を引く大男があらわれた。他の客は怖いもの見たさですぐ目を逸らす。

「カニンガム・グレアムだ」

その男は、白馬の隣を一つ席を空けて座った。


 カニンガム・グレアムとは、偽名である。エフゲニー・オネーギンの名は、あまりにも轟いている。


「しのびないな、グレアム」

「かまわんよ」


 白馬とオネーギンは、学問上の繋がりはないが、師が同じである。白馬の"頭目"は、オネーギンにも術を伝授している。


 監獄に行くと、より肉体美に磨きがかかる。オネーギンの盛り上がった筋肉は、隠しようがない。


「グレアム、あんたのボスについてなんだが、あそこまで次から次へとオーバーテクノロジーを生み出していては、軟禁されて当然と思わないか?」

オネーギンに水を向けると、白馬はグラスをあおいだ。

 

「お前の聞きたいことは、そんなことでは無いだろう」

オネーギンは、会話のシミュレーションを棋士のように行ってから臨む。


「ヨーコは、どこにいる?」

オネーギンに、遠回しな質問は要らなかった。


「知ってどうする」

オネーギンはミックスナッツを左奥歯で噛み締めた。


「まさかとは思うが、あんたたちの実験台にされたわけではないよな?」

白馬の目つきが、俄然鋭くなる。


「それは違う。彼女が自分から志願したのだ」

オネーギンはカナッペとチョリソー、それからクラブサンドイッチを注文した。


(こいつ、こんなガタイしてるのに食事制限は一切無しかよ・・・)


白馬のいらだちを察して、オネーギンが語りかけた。

「白馬よ。お前はいまグランモナルクをガードしているのだろう」


「はは。筒抜けだな」

探偵はシニカルな笑みを浮かべた。


「ならば、そう遠くない未来に、逢えるだろう」








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