068.化学
獣道のような比較的歩きやすくなっている道を行きながら作戦を考える。やはりここは経験者の意見を聞くのが第一か。
「ハルやフェリィは何かいい作戦はあるか?もしくは先輩チームのとりそうな作戦でもいい」
「んー、これと言って必勝の作戦があるわけではないと思う。王道は二手に分かれて片方は旗を守って、もう片方が奪いに行くパターンね。でも今回はチームに人数差があるし、それが正解とは限らないかな。せっかくの初挑戦だしソウちゃんの思う通りにやったほうがいいと思うな」
コクコクとフェリィも頷く。
「ちょっと聞いていたのとイメージと違った……随分気安いんだな」
ガウスは話の中身よりもハルとのやりとりの方に引っ掛かったようだ。確かに学園では三姫のなかでクール担当ともいえるハルが砕けた喋り方をしていると気になるのも無理はない。アタルもガウスほどではないが少し驚いている様子だ。
「ああ。実は同じ町出身で、幼なじみみたいなものなんだ」
「へぇ。なるほどな。俺とアタルみたいなもんか」
そういって手を置きやすい位置にあるアタルの頭をガシガシと描き撫でる。
「やめろ。ハゲる」
アタルはすぐにガウスの手を払い除ける。
「悪い、話が逸れたな。確かに人数を分けるのは厳しいかもしれないな。かといって全員で守るってのも無難すぎる気もする」
「そうだな」
さて、何が最善か。
方針を考えながら道を進んでいくと次第に視界がひらけ、訓練場の敷地のひと隅にたどり着いた。少し高くなったところに旗が揺れていた。
「あれか…」
団体旗、あるいは応援旗と言えばいいのだろうか。簡単に言えば、よく運動会の先頭で行進する人が持ってるようなタイプの旗である。つまりは思ったよりもでかい。
ガウスぐらいなら片手で持てなくもないが、女子たちであれば両手が塞がるだろう。
「旗を集めたら集めたで扱いに困るってことか」
持ち運ぶには両手が塞がる人数が増えるし、かと言って持ち運ばずにその場で旗を守るのはいい的になるようなものだ。
人数差がより一層効いてくるな。すぐに集めに行かず、相手の動向を捕捉しながら時間ギリギリに強襲するのがセオリーか。仕掛けるタイミングが重要だな。他のグループも同じ考えだとしたら開始しても膠着状態が続きそうではある。
思案している間、他のメンバーは旗に近づき持ち上げて重さを確認したりしていた。
「ほら、アタル、試しに撃ってみろよ」
「ん」
担いでいたライフルではなく羽織っているコートの胸元に手を差し入れると小型の拳銃を取り出す。外す距離でもないのだろう、大した狙いもつけずに引き金を引くと銃声とともに放たれた弾は布程度なら突き破りそうな勢いで旗に命中する。しかし、そのまま突き破るかに思われた弾丸は旗で止まり、次の瞬間、僅かな光がともると旗は弾を反射した。流れ弾はガウスの額に直撃した。
「痛ッテエェェ!!!」
ガウスの声が響き渡る。
「訓練用のゴム弾に変えてなかったら死んでたね?」
悪気もなく言いながら笑いとばすアタル。いや、実際、言われた通りにしただけなので悪くはないのだが。
「この旗も魔道具ってことか。一瞬、見えた光はさしずめ物理反射みたいなものか?」
「そう。おまけに魔法反射も付与されている」
経験者であるフェリィが語る。
なるほど、見えないベールに覆われているようなものか。
「そう言えばこの敷地内では魔法の威力も制限されるって言ってたな」
試しに火の魔法であるファイアボールを、旗を目掛けて放った。
ファイアボールは放たれた直後こそ大きかったが、急激に霧散していき、半分ほどの大きさに縮まって旗に到達した。同じように旗が光を放ちファイアボールはそこで消えた。旗は燃えることなく風に揺れる。
「なるほど」
一定以上の魔力が集まりにくくなっている感じだろうか。もっとも、霧散するまでにタイムラグがあるからゼロ距離で放てば多少威力は上がりそうだが。
「ただのファイアボールであの威力か…」
またあさっての方向から感想がきた。ガウスである。
カスミやハル、フェリィは既に見知ったことだし、本人たちも実力者であるから、そこまで驚きは大きくなかったが学生レベルから客観的に見れば高いレベルに見えたかもしれない。
なら、実験ついでにもう少し驚かせてみるか?
「これならどうだ?」
今度はさっきのように右手からファイアボールを放つと同時に、左手をかざし空気中の水素と酸素を集めるように
水素は気体が燃える。酸素はものを燃やす。どちらも学生実験レベルで得る知識だが、それを魔法に活かせないかという化学的なアプローチである。
念のために旗の近くにいるガウスたちにシールド魔法をかけると、ファイアボールが旗に当たる瞬間を狙って混合気体を凝集させるイメージをぶつける。
ボォォォォォン!!
激しい光に一瞬遅れて凄まじい衝撃と爆音があたりを襲った。近くにいたガウスたちも数メートル飛ばされて地面に転がる。
一瞬で立ち込めた砂煙が次第に薄れていくと、そこには何の跡形もなかった。
「「………」」
爆音が収まったと思ったら今度は静寂につつまれた。
「…とりあえず旗を守る必要はなくなったわね」
独り言のようなカスミの呟きだけが空気中に漂った。
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