064.邂逅

 店に入ると独特な香りがした。少し前に嗅いだはずだが、もうあれからかなり経ったようにも思える。店内は相変わらず珍しい素材が所狭しと並んでいた。


「おや、これは竜騎士様じゃないか、いや、学生代表殿と言ったほうがいいかねぇ?」


 こちらを確認したティタは健在で相変わらず情報通のようだ。竜騎士はともかく学生代表の件まで知っている。リリアにでも聞いたのだろうか。


「単なる成り行きだよ」


「成り行きで竜騎士になれたら誰も苦労しないさね」


 クックッとティタが笑う。


「あなたが噂の……」


 会話に入ってきたのは、店に先客でやってきていた一人の少女だった。


 歳は同じぐらいだろうか。赤みがかった髪は肩にかからないぐらいに切り揃えられたショートカットで、身長はカスミより低くハルと同じぐらい。女性としては平均的か。服の上からでもわかる無駄のないしなやかな体のラインは、それなりに腕に覚えがあるといったところだろう。整った顔立ちが利発そうな印象を醸し出している。


 まぁティタの店に来るぐらいだ。一般客でもないか。


「お前さん、今何か失礼なことを考えなかったかい?」


 ティタのジト目は既視スルーしておく。


「どんな噂かは知らないが、竜騎士というのは半分は不正解だからな」


 何度も言うが、竜化した竜人フェリィに乗せてもらっただけだ。


「ふうん。じゃあ五帝戦では竜に乗ったところは見れないのかしら?」


 見れないもなにも、そもそも竜を引き連れて出場していいのか?と、逆に尋ねたいところだ。


「一匹のしもべを供にすることは許可されているわ。世の中には従者テイマー才能スキルを持った人もいるからね」


 カスミからタイミングよくフォローが入った。こちらも相変わらずの情報通で。


「今のところ連れる予定はないな」


 おそらくフェリィ自身が出場者となるだろうし。


「残念。いい勝負ができると思ったのに」


 そう言うとティタとの用事は済んでいたのか、少女は店の扉を開けて徐に手を口に当てる。



 ピューイ!



 その少女から発せられた笛の音が響き渡ると上空から一匹の竜が降り立った。


 呆気にとられていたところでカスミの呟きが聞こえた。


「……翼竜ワイバーンね」

 

 大きさは竜化したフェリィよりはひと回り小さいが、その発達した翼と軽量の肉付きは飛翔に特化しているとも言える。頭上からあの鋭い爪で狙われるとひとたまりもないだろう。


 「ではまた、五帝戦で」


 少女は翼竜に飛び乗ると、こちらにウインクして飛び去っていった。


 台風一過のごとくこの状況で心の底からもれでる感想は一つである。



「……で、あれ誰?」



 少女が去って静寂を取り戻し、店内を物色しながらティタに話を聞いた。


「まさか、あの有名人を知らんとはの」


「有名人?」


「翼竜使いのリサね」


 その答えは別の方向から返ってきた。なんだ、知らなかったのは俺だけか?


「あたしも直接見たことはなかったけどね。ああも見事に翼竜を操っているのを見ると、ね。確か彼女はケルンガの出身だったはずだけど」


 カスミが説明を付け加える。


 なるほど。まぁ確かにズバリそのままの通り名ではあるな。


 ちなみにケルンガはガリオンと同じく五大都市の一つである。


「嬢ちゃんの言う通りさ。合ってるよ」


 ティタがカスミを値踏みするように見ると、カスミも堂々とティタを見つめ返す。同じ情報通として通ずるものがあるのだろうか。


「って、竜騎士って世界に数人しかいない伝説級の存在じゃなかったのか?」


「彼女がその数人の内の一人ってことよ。だから有名人でもあるってわけ」


「お、おぉ…」



 ……いや、そんな人物とこんな大都市の魔法薬屋で出会う確率!



「くっくっ。類は友を呼ぶとはよく言ったものだねぇ」


 心の内でツッコミを入れていたところで、ティタが笑ってこっちを見た。


「そこはかとなく失礼なことを言われた気がしたが」


 お返しとばかりにティタにスルーされる。


「その理論だと私も普通じゃないってことになってしまうわね」


 いや、カスミを年相応の普通の女の子と言うのは無理があるな。


「そうね。こんなにイイ女は滅多にいないわね」


 否定も肯定もせずに話を進めることにする。


「……それで、その翼竜使いさんがどうしてここに?」


 ケルンガといえばガリオンから一番近い五大都市であるクレストよりさらに遠くの渓谷にあると聞く。そんな遠方からわざわざティタの店にくるなんて。


「守秘義務というものがあるが……、まぁ隠すほどのことでもないさね。翼竜によく効く薬を調合したまでさ」


 ケルンガやここより近いはずのクレストでもなく、ティタの店を訪れるほどだ。よほど調合が難しい薬なのか、ティタと個人的な縁があるのかは定かではないが、追求しすぎるのも品がいいとは言えないか。


「……なるほど。ティタが情報通となるわけだ」


 世間話がてらに他国の情報も仕入れているのだろう。


「くっくっく」


 ティタは返事代わりに笑った。


「ところで、今日はどんな要件だい?」


「ああ。この間のハイエーテルが役に立ったからその御礼と、これから学生代表として世話になるからその挨拶だ」


「律儀だねぇ。学生代表云々はともかく、ハイエーテルはお前さんにくれてやったものだから、こちらとしてはどうなろうが知ったこっちゃないよ」


「また指導を頼みたいんだ」


 ティタは一瞬考える素振りをするが、すぐに損得勘定が終わったようだ。


「……いいさ。その代わり完成品のいくらかは店に卸してもらおう」


 魔法薬について学べるなら異論はない。


「わかった」


 無事に交渉が終わって店内を一周したところで、ティタの店を後にすることにした。


「じゃあ、また都合のいいときに顔をだすんだね」


「ああ、近いうちにまた来る」


 挨拶を済まして店を出る途中で背中から声がかかった。


「そう言えば、一つ言い忘れてたが……推薦組には気をつけな。まあ、お前さんなら大丈夫だと思うがね」


 情報通のティタから聞き捨てならない助言をもらうのだった。


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