063.史実
「ふぅ。いきなり大変な目にあったな」
ぼやきながらもなんとか無事に自室まで辿り着く。
もらった鍵で部屋に入ると、中も同じように清潔に維持されていた。家具も特に主張することなく、よく言えばシンプル、悪く言えば無難な感じとも言える。一人暮らしにしては部屋は広い。旅が長かった自分にとっては特にこだわりもないので十分快適だ。
荷物を端に置いて一通り部屋を見て回る。最後に窓を開けてベランダに出ると二次試験で行ったモンアヴェールがよく見えた。
ひとり部屋というのもかなり久しぶりだ。ムクの街以来か。元の世界、大学進学で上京して初めての一人暮らしのときを思い出す。
あの自分だけの基地ができた感覚。もちろんお金を払って借りているだけであったのだが、寝食のタイミングも自由、友人や恋人を連れこむのも自由。バイトやサークルなどの活動の自由とも重なって、今考えれば一番自由を謳歌できて楽しかった時期かもしれない。
「ああ、やっぱりね」
なんて二度目の学生気分に胸を膨らませていたところで聞き慣れた声が降ってきた。
確認しようと上を見たところで、声だけでなく声の持ち主が降ってきた。高所に臆することなく、ベランダの手摺りを使って器用に着地を決める。
「部屋番号の末尾が同じだったから、もしかしたらとは思ったのよね」
カスミである。どうやら真上の部屋だっだらしい。いや、別に降りてくる必要はないよな?
「ベランダで大声出していたら迷惑でしょ?」
確かにそれはそうか…?
正しいことを言っている気はするが、そもそもベランダからの上下移動は正しくはないだろう。
カスミは特に気にした様子もなく部屋に入ると、部屋をぐるりと見回し、デスクとセットになっている椅子に座った。
「中は同じね。ゆったりとできる大きいソファが欲しいわ。明日にでも買いに行く必要があるわね。設置はこの辺りでいいと思うけど」
ソファがあると確かに寛げそうではある。しかし、さも既定路線のようにこの部屋に置くという流れで話が進んでいるのは何故だろうか。
「ここ、俺の部屋だけど…?」
「ということは、あたしの部屋でもあるわよね?」
「じゃあカスミの部屋は?」
「あたしのもの」
何そのジャイアン理論。
「ん?」
何か異論でも?と言わんばかりのニヤニヤした笑顔だ。
まぁこんな流れはいつものことだし、部屋に遊びに来るぐらいはいいか。やれやれとため息をついて軽い気持ちで黙認した。
「が、その後カスミが住み着くと言っていいレベルで部屋に入り浸りになることをこのときはまだ知る由もなかった」
「おい、なんて不穏なナレーションを入れてくれてるんだ」
「史実よ」
「歴史が証明してたっ!?」
いや、それなんて未来日記。
「ま、
「ルビに違和感しか感じないんだが」
「ソファでも買いに行きましょうか」
……まぁ確かにソファはあってもいいか。ついでに必要な生活用品も買うかな。
カスミの提案でソファを探しに街に向かうのであった。
「これがいいわ」
家具を置いてる専門店につくやいなや、カスミは一つのソファを指差した。いわゆるコーナーソファのタイプで直角に曲がっているやつだ。魔物の毛皮だろうか。表面はしなやかで触り心地のよい素材だ。
「ちょっと大きくないか?」
男でも四人、小柄な女性ならもう少し座れそうなサイズだ。正直、一人部屋に置くにはオーバースペックすぎて、これだけで部屋が埋まりかねない。
「これぐらいないとソファで寝れないじゃない?…ソウが」
「…俺のベッドは誰が使う前提だ」
「ソウ以外の誰か、ね。細かいことはさておき、どうかしら?」
あまりに理不尽な回答だが、ソファに関して言えば正直なところサイズ感が気になるぐらいでデザインは文句ない。が、しかし、お値段もなかなかである。
「残念ながら払えるほどの金を持ってない」
「この間の魔物討伐で貰ったんじゃないの?」
「残念なことに入学前だったからな。正規の手当てほどは貰えないらしいんだ」
事実、大半は街の修繕費に賄われているという話である。一応、クレアが手を回して多少は懐に入るようにしてくれているらしいがまだ手元にはきていない。いくら残るのやら、だ。
ちなみに街の人にとっては竜騎士が好意で修繕費に充ててくれたと伝わっていて、聖人度を上げていたことは後になって知るのだが。
「仕方ないわね。ここは私が建て替えとくわ」
「本気か?」
そこまでしてもソファが欲しいのか。カスミにしても境遇は似ていてそんなに手持ちがあるとは思えないのだが。
「ええ。幸いここにいかがわしいことをして稼いだお金があるわ」
「自ら言う?!」
逆に怖くてどうやって稼いだか聞けない。
「そうして無事に自分の将来の寝床を確保したのだった」
「いや、だから勝手なナレーションは…(略)」
――言霊が宿らないことを祈るばかりである。
ソファは後日取りに来ることにして、他に必要なものを買いまわったところで、ちょうどティタの店の近くを通りがかった。そう言えば、あれ以来訪れていなかったがもらったハイエーテルは大いに役に立った。これから学生代表で顔を出すこともあるだろうし、挨拶しておくか。
「ちょっと寄っていいか?」
カスミに確認をとるとティタの店の扉を叩いた。
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