062.足跡
入寮手続きが終わるとその場で部屋を割り当てられた。すぐにでも入寮できるということで荷物をとりに宿に戻ってきていた。
受付のお姉さんに出ていくことを伝える。
「話題の竜騎士の泊まる宿として繁盛してましたのに」
ここ最近、宿代が少し安くなったと思ったがもしかしたらそういう理由だったのだろうか?てっきり長期滞在サービスか何かだと思っていた。
「でも、仕方ありませんね。これからは竜騎士の泊まった宿として宣伝していきます!」
……商魂逞しくて結構。
ちょうどカスミも同じ考えで戻ってきたので荷物をまとめると一緒に宿を出て、また士官学校へと戻る。
「そういえば士官学校に推薦なんて枠があったらしいぞ?」
「ええ。ソウが話してたのはガウスね。過去に周辺の都市からも参加者を募った規模の大きい武術大会がガリオンで開かれたのだけれど、彼はそのジュニアの部で優勝したらしいわよ。早い時期からあの恵まれた体格になったのもアドバンテージとなったみたいね」
「……すごいな」
何がすごいかっていうと、その情報収集力の高さはもちろんだが自分がガウスと雑談したことすらも知っていたカスミが、である。
いや、確かに少しばかりガウスの声は大きかったが、それでも周りも雑談していたから女子の並んでいたところから見て特別目立っていたとも思えない。もう監視されてるとしか思えないレベルである。ポジティブに言えば俺のこと好きなの?
カスミからは何も声に出さず、笑みで返された。
士官学校の寮の中に入るとそこは広いロビーとなっていた。奥には食堂、カフェらしき入口も見える。やはり、寮というよりホテルに近いな。清掃も行き届いており、さきほどまで泊まっていた宿にもひけをとらない。
「あら、新入生ね。もう入寮?」
少し離れたところから声をかけられた。管理人であるソフィだ。
「ええ。宿住まいで荷物も少なかったので」
「そう、えーっと…」
「総司です」
「ああ!あなたがソウシ君ね。とすると、そちらはカスミさんかしら。噂は聞いているわ」
どう伝わっているかは定かではないが、尾ひれや背びれがついてないことを切に祈りたい。
「はい。ソウシ君の部屋番号は9029。カスミさんは10029ね」
そう言って鍵を手渡される。どうやら九階らしい。カスミは十階だ。
「十階より上は女子になっているから、男子は立ち入り禁止ね」
「はい、分かりました」
「次は昇降機の説明ね」
そう言ってソフィが移動を促す。昇降機はその名の通りエレベーターだったが扉はなくオープンになっていて周囲に落下防止用の柵が備え付けれていて、中央には台座があった。
もちろん原理も違っていてソフィに聞くところによると動力源は魔力という話だ。一種の魔道具と言えるかもしれない。魔力をこめると上への動力エネルギーへと変換される仕組みとなっている。
「士官学校に受かってるぐらいだから自分の階までいく魔力がないはずはないと思うけど、何かあったときはあっちに階段もあるから」
ソフィが階段の方を指差したので首肯する。まぁ、基本的に階段を使うことはないのだろう。
「じゃあやってみましょうか」
ソファに促されるままエレベーターに乗り込むと中央の台座にダイヤルがあった。
「はい。じゃあ九階に合わせて」
言われるがままに九階に合わせる。
「はい。最後に中央に手を触れて」
中央の水晶のような半球に触れる。
「魔力をこめる」
魔力をこめっ…!!!
心の中で手順を復唱しきるよりも先に、凄まじいスピードで昇降機が上昇した。
「うおっ!!」
思わず声が出るほど驚いてしまった。
あっという間に三階をすぎる。
続く四階もそのまま昇降機はさらに加速していく。
……これ止まるよな?
一抹の不安が広がるなか、昇降機はスピードを落とすことなく上昇を続ける。
五階、六階に到達するもその勢いは衰えることなかった。
七階を過ぎたあたりで一種の諦めの方が勝ってきた。
そんなことを言っている間にもう八階だ。
手の施しようがない。悟りの境地に達したと言っても過言ではないかもしれない。凄まじい速さで上へと進んでいるはずなのに世界がスローモーションに感じる。
……走馬灯ではないよな?
昔の偉い人は言いました。
過ぎたるは猶及ばざるが如し、と。
うん。魔力の込め過ぎは良くないね。そこまで全力を出したつもりはなかったのだけど。
そのままの勢いで九階にたどり着いた瞬間、昇降機は突如として停止した。
おそらくはじめに設定したダイヤルによって九階では確実に止まるような仕掛けがあるのだろう。
しかしながら、忘れてはいけないことがある。
九階まではとてつもない速さで動いてきたのだ。それが九階で急停止。結果、慣性の法則に逆らうことなく体はそのまま空中に投げ出された。
発射された総司砲はそのまま数階分を通過し、遂にはそのまま天井にまで到達する。幸いにも心の準備はできていたので、何とか空中で態勢を立て直すとそのまま天井に立つような構図となった。トリックアート好きにはたまらなく映えるショットとなったことだろう。生憎のところ種も仕掛けもなく、数秒後には真っ逆さまに九階まで落ちていくのだった。
なお、このとき天井についた足跡が後に士官学校の七不思議の一つとして囁かられることを知ることになるのはもう少し先のことであった。
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