058.青空


 墜落するミスリルバードは幸運にも街の広い通りに落ちた。人も建物の被害もなさそうだ。通りの近くで避難していた人達がわらわらと出てきて、おっかなびっくり様子を見ている。


 上昇した勢いがなくなって自由落下を開始したところで思い出す。そう言えば竜化したフェリィって暴走状態にならなかったっけ。流石に自分の街やそこに住む人を攻撃しましたでは洒落にならない。


 案の定、フェリィの様子が不穏だった。目の前の敵がいなくなり次の標的を探しはじめている。そして、通りに出てきた人達を見つける。何ともまずい流れである。


 そのまま空中で態勢を変えると風魔法を使って、急いでフェリィの方へと空中移動する。通りの人たちを目掛けて滑空を始めるフェリィに何とか追いつき、背中から飛びついて首の辺りを触りながらダメ元で声をかける。



「フェリィ隊長、落ち着いてください」



『………ソーシ?』



 すると、竜の鳴き声とともにフェリィの声が頭に響いてきて驚いた。あれ?もしかして意識がある?


『あれ?わたし…まだ竜化がとけてないのに…?』


 驚いたのはフェリィも同じで何が起こっているのか分かっていないようだった。


「とにかく意識が戻ったならよかったです。そのままもう一度上昇できますか?」


 すると、直滑降していたフェリィは進入角度を徐々にゆるめ、再び空に向かって飛翔を開始した。さながらジェットコースターに乗った気分だった。



『わぁー!竜騎士さまだぁ!!』



 地上からそんな子どもの声が聞こえた。


 竜騎士……か。なるほど。騎馬なんかのスキルがあるとすれば、騎竜があってもおかしくはない。オールマイティの力で竜化したフェリィと以心伝心できたのかもしれないな。


 そんな推察をしているとフェリィの声が響いた。


『いつも竜化しているときは意識がぼんやりして、身体だけが勝手に動いている感じ。でも今日は違う。ソーシ、何かした?』


 側から聞けば竜の鳴き声にしか聞こえないだろうが、自分にはしっかりと言語化されていた。


「わかりませんが、もしかしたらスキルのお陰かもしれません。それよりもまだ二体残ってます。このまま飛んで行けますか?」

 

『おっけー、掴まって』


 するとフェリィはミスリルボアの方へと向かって飛び始めた。タイミングよく戦闘に参加しハルが、得意の重力魔法でミスリルボアの動きを止めているところだった。


「ムクヒメ、手伝ってくれ」


『任せるがよい』


 ミスリルに覆われた外皮は生半可な魔法は通じない。そこで地の魔法が得意なムクヒメの力も借りて最も硬いもの――金剛石を可能な限りリアルに想像する。そしてミスリルボアの頭上に差し掛かったところで魔力を解放した。



「ダイヤモンドニードル!」



 空中に顕現した光り輝く一本の金剛石はその研ぎ澄まされた鋭利な先端をもってして、ミスリルボアの背中をいとも容易く貫き、そのまま地面に串刺しにした。


『すごい威力…!それにムクヒメって…?』


「説明は全部が終わった後に。もう一体もお願いします」


『了解』


 ミスリルボアを通り過ぎたフェリィはそのまま滑らかに方向転換し、ミスリルゴリラに向かって加速する。


 こちらも同じくリリアが戦闘に加わっていたが、今度はミスリルゴリラがこちらの接近に気づいていた。


 しかしフェリィはスピードを緩めることなく距離を縮める。そして、向こうの間合いに入る少し前のタイミングでフェリィは口から炎のブレスを吐いた。


 魔法を弾くミスリルゴリラを葬るには物足りない火力だが目眩ましには十分だった。炎に驚きつつもがむしゃらに反撃するミスリルゴリラの攻撃を躱すのは容易くそのまますれ違う。


「今だ!」


 そのすれ違う瞬間を狙いミスリルゴリラの無防備な背中を目掛けてフェリィの背中から跳躍する。



「ムクヒメ!次が最後だ!」



『うむ、準備は万端じゃ』



 右腕の鉤爪には既に十分な魔力が込められていた。



「これで最後だ!」



 掛け声とともに繰り出した右腕の一撃はミスリルゴリラの背中から心臓部を突き刺した。


 ミスリルゴリラは一瞬くぐもった声をあげたが膝から落ち、そのまま事切れて地面に倒れ込んだ。



「ふぅ―……」 



 しゃがみこむ形でようやく地に足をつけた。一仕事を終えて息を吐き出していると、少し離れた場所にフェリィも降りてきた。着地したところでちょうど竜化が解けた。よかった。これで街を襲う心配もないな。


 また反対の視界の端にはこちらに向かって笑顔で走ってくるハルとリリアの姿を捉えた。


 遠くからは街の喧騒も聞こえてくる。



「説明しないといけないことがたくさんありそうだな…」



 ガライのこと、スキルのこと、それにムクヒメについても。



『うむ』



「やらないとけないこともたくさんありそうだな……今からもう、かったるい」 



『わっちは楽しみじゃ』



 そのまま完全に地面に体重を預け、大の字になって空を見上げた。


 澄み切った青空はここ数時間の激動が嘘のように穏やかだった。



「はぁ………なんつー二次試験だ」



 そんな呟きは誰に聞こえることもなく、空に吸い込まれて消えた。


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