059.幕引

 さて、あれから一週間がたった。


 少し後日談といこう。


 三体のSランクの魔物が討伐され、都市はことなきを得た。ガリオンの平和は守られたのだ。


 しかしながら、ガライ隊長率いる雷鳴隊の裏切りはガリオンに大きな衝撃をもたらした。軍部は体制の立て直しとクレストの内通者を摘発する対応に追われ、市民からの信頼回復を目指すこととなった。無事に帰還したクレアやエンコともゆっくりと話す暇はまだとれていなかった。


「さて、入学試験の二次試験の結果についてだが。試験どころではない事態になったことで、学校と軍で色々と話し合いが行われた。その結果が公表されるのがちょうど今日ということになっていて、このあと士官学校に向かうことになっているのだ」


「誰に向かって説明してるのよ」


 カスミがパンを齧りながら反応する。


 いや、いつも心を読んだかのように返されるからあえて声に出してやったまでだ。


「あっそ」


「………」


 とりあえず、カスミのスパイというキャラにエスパーという肩書きも追加しておこうと思う。


 エスパースパイ。語呂悪いな。


 なんてくだらないことを考えながら朝食をたいらげた。


「いってらっしゃい。竜騎士さん」


 いつものように宿をでるときに受付のお姉さんから声をかけられる。もう滞在も一週間以上に長引いて顔見知りになったこともあるが、呼び名についてはフェリィに乗って魔物を撃退したことがまことしやかに広まっていることもあった。竜を乗りこなしたならまだしも、竜化した竜人に乗せてもらったのは果たして竜騎士と呼べるのだろうか。そんな疑問はおかまいなしにいつの間にか話が広まったのだから正直困惑ものである。


 後から聞いた話だがどうやら竜騎士という肩書は存在するものの、その数は極僅かであり世界に数人しかいない伝説級の存在らしい。それが、ちょうどガリオンの危機に登場したとあっては多少事実と食い違っていたとしても話が広まるのは仕方のないことかもしれない。


「いいじゃない。ガリオンを救ったことに変わりはないんだし」


 とはカスミの談である。まあ、ガライ隊長の裏切り発覚という悪い知らせでガリオンが混乱に陥るなかでの明るいニュースとあってはやむを得ないか。


「そうそう、竜騎士ソウシ、ここにありってね」


「いつでも乗せてあげる」


 カスミと士官学校に歩いていると後ろから声がかかった。


「…ったく、からかうなっての」


 ハルとフェリィだった。聞けば今日の二次試験の結果発表に同席するとのことだ。一緒に士官学校に向かって歩みを進める。


「そう言えば、お父さんもお母さんも、また遊びにきてって言ってたわよ。もちろんカスミもね」


 ガリオンの強襲を防いだ翌日、ハルの父親の快気祝いで大宴会が行われたことが思い出される。回復したジュンに会うのはそれが初めてだったが、病み上がりと思えないほどの元気さだった。ハルも今まで張りつめていた気が緩んで昔の明るさが戻ってきたように思う。もっとも士官学校で作り上げてきたキャラは、ある種カリスマ的な要素もあってか容易に崩せず、周りに人がいるときには少し態度がそっけなかったりもするのだが。


「そう言えばリリアは?」


「ん。今日は先に行って準備してる」


 フェリィが答える。さすが生徒代表。リリアもここ数日は忙しくしている。もしかすれば、ガライの席が空いた軍の戦力を補強することを考えると最有力候補だからかもしれない。



 そうしているうちに士官学校に着いた。集合場所は例によって門から入ってすぐの校庭である。一週間前に二次試験をともにした面々が集っている。着いたときに若干…どころではなく結構な注目を集めた気がしたが悪いことをしたわけではないので華麗にスルーした。


 ほどなくして、校庭に備えられた壇上にクレアとエンコが登場した。その後ろにはリリアもいる。それまでざわついていた校庭が次第に静かになっていく。クレアが一同の注目を集めたタイミングを見計らって話を始めた。


「よくきてくれた。まずは二次試験について謝罪をさせてほしい。皆を危険にさらしてしまって申し訳なかった」


 開口一番は謝罪だった。もともと命の危険があることは承知の上で参加したとはいえ、それが魔物ではなく軍の隊長によって脅かされるとは思いもしなかっただろう。ただ参加者たちも軍に責任があるとはいえ、クレアやエンコを恨むのは違うという思いからか非難や野次がとぶことはなかった。また、受験者から死者や重傷者が出なかったことも大きかったかもしれない。あくまで結果論ではあるが。



「……皆の温情に感謝する」



 頭を下げていたクレアが直る。


「さて、二次試験について色々協議を重ねた結果、今回の二次試験は無効とすることになった。そもそも雷鳴隊が判定するはずだったエルフショットに所属した者たちの力量が測れなかったからだ。その代わり、一週間後に三次試験としてもう一度諸君らの力を見せて欲しい」


 受験者たちが少しざわめいたが、不満の声はあがらなかった。


「ま、妥当なとこかしらね」


「そうだな」


 さすがに公平性に欠ける部分があるし、まだ機会が残されているとなれば良い落とし所だろう、というのが大半の反応だ。さて、一週間何をするか、と考え始めるのをクレアの言葉が遮った。



「ただ、此度目覚ましい活躍を示した者たちがいる。リリア、ミハル、フェリィ」


 三姫の名前が挙がった。


「彼女ら三人は中隊長としての役割を十分に果たした。今回の活躍を受けてリリアを軍に迎えることになった」


 さっきよりも受験者たちがざわめき出した。同じ学生となれなかったことを悔やむ声、純粋に称賛する声の両方だ。どちらかと言えば前者のほうが多い気がする。さすがの人気だ。やがてざわめきは拍手へと変わりリリアがお辞儀をして応える。


 さらにクレアが続ける。


「これにより、士官学校の学生代表の席が空くことになった。そこで次の学生代表として……」


 クレアが話を続けていると何故かこっちを見て微笑むエンコと目が合った。



「ソーシを任命したいと思う」



…………


………


……


…はい?



 一瞬、時が止まったかと思った。


 時が再び動き出して聞こえたのはリリアの士官が決まったのとは比べ物にならない怒号のようなざわめきだった。歓声なのか罵声なのかわからないような声が鳴り止まない。どこからか竜騎士コールまで聞こえる始末である。



 壇上には不敵に微笑むクレア。


 その側でお腹を抱えて笑うエンコ。


 相変わらず絵になるようなウインクを決めるリリア。


 無表情で親指を立てるフェリィ。


 驚きつつも笑顔を見せるハル。


 どんまいと言わんばかりに肩をぽんぽんと叩くカスミ。



 正直、心の整理がまったく追いつかない。


 一体この先どうなるんだ。



 昔の偉い人は言いました。



 ―――俺たちの冒険はこれからだ、と。



 第一部 完 

 

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