052.砂嵐


「アイスストーム!」


 吹き荒れる吹雪が紅蓮隊を襲った。


「クレア!」


「エンコ隊長。さて……理解に苦しむ状況ですね」


 総司がミハルとリリアを救ったのと時を同じくして、クレアがエンコの加勢についていた。


「紅蓮隊は全滅と聞いていましたが…、襲われているとはどういうことでしょうか?」


「わからない。だが、少なくとも正気じゃない」


「ええ。何者かに操られているのでしょうか。これほどの規模の魔法は見たことありませんが…、いずれにせよ全滅よりもタチが悪いですね」


 クレアはそう言って雷鳴隊の方も確認する。


「あちらも間に合ったようですね」


 総司がミハルやリリアの方についたところを見て安堵する。


「まだ戦えますか?」


「当たり前。部下の不手際は隊長の責任だ。落とし前はつけるさ」


 クレアの横にエンコが並んだ。


「では、行きますよ!」


「ああ!」


 近接戦を得意とするエンコに後方からの魔法を得意とするクレア。滅多にない隊長二人の連携がここに実現した。


 流石の紅蓮隊もエンコの攻撃を捌けても、絶妙のタイミングで届くクレアの追撃にはなす術もなく、実力者同士の高いレベルでの連携攻撃は瞬く間に紅蓮隊を戦闘不能にしていくのだった。



 「ふぅ、無事だったか」


 二人のもとまで駆けて声をかけると、ハルが胸に飛び込んできたので受け止めた。



 あ、なんかデジャヴ。


 思わず重力魔法グラビティがくると思って身体を強張らせてしまった。条件反射なので勘弁して欲しい。


 ミハルも昨日のことを思い出したのか、それとも、リリアやほかの受験者たちにも見られていて、さらに言えば完全に危機を脱したわけでもないこの状況にすぐに我に返ったのか、一歩離れるとわざとらしい咳とともに取り繕う。


「ぶ、無事だったのね、ソウも」


「あ、あぁ。間に合ってよかった」


 何も触れないというのも優しさである。


 もっとも受験者たちはすごい勢いでざわつきだしていた。


『キャーッ!』

『お、おい見たか?!』

『どういう関係なの?!』

『俺、出発のときも話しているの見たぞ!!』

『恋よ!恋なのよ!』

『ヒソヒソ!』

『いつもは凛としたミハル様が…なんか可愛い…』

『ツンデレ……それはいわゆるひとつの萌え要素』

『俺のミハルたん…』

『あぁ…この世の終わりだ…』


 いつもは冷酷などと言われているハルなだけあってそのギャップが大きかったのだろう。男性陣からは悲しみの声もちらほらと聞こえてきた。ってかまたどさくさに紛れてヒソヒソって言っているやついたぞ?!


 ミハルが受験者達の方を睨むと静かになったがどこか生暖かい目で見られていた。


「ふふっ、リラックスしているのは良いですが、まだ危機は脱してないですよ」


 リリアが場をまとめる。さすが代表だ。


 ちょうど、奥に見えるエンコとクレアも紅蓮隊との戦闘を再開していた。とは言ってもなかなか一方的な展開になっている。さすがに隊長二人が組めば圧倒的だ。


「じゃあこちらも片付けますか」


 そして雷鳴隊の方へ向かって手を伸ばす。


砂嵐サンドストーム


 そう唱えるとその場の小石や砂が猛スピードで雷鳴隊へと向かっていった。


 信じがたいほどに加速された砂利は運動方程式に矛盾する事なく凄まじい力となって雷鳴隊を強襲し、瞬く間に残っていた雷鳴隊の隊員たちを戦闘不能にしていく。



「えぇぇ……」


「なっ……」



 その場にいる誰もが絶句していた。自分でもちょっとひいてしまった声が出た。


 ガライに訓練されたエリートの雷鳴隊が正体不明の力でさらに強くなっていてリリアやミハルですら苦戦していたのだ。それが突然横から入ってきた男によっていとも簡単にねじ伏せられていくのである。


「ど、どど、どういうこと!?ソウちゃんのユニークスキル!?」


 一同を代表してミハルが声をあげた。動揺していつもの呼び方に戻っているし、御法度とまではいかないが大声でユニークスキルかと尋ねてくる。


 まぁ気持ちはわかる。何故なら自分でも驚いているからだ。



 あれ、こんなに強かったっけ…?



 その疑問に答えるように声が響いた。



『くふっ!地属性の魔法はわっちの得意分野じゃからの』



 わっちさんである。


『誰がわっちさんじゃ。心を込めてちゃんと呼ばんか』


 ムクヒメさんである。


『うむ。ムクちゃんでもヒメちゃんでもよいぞ?』


 ムクヒメはさておき、理由はそういうことらしい。なるほど、と自分は納得したがムクヒメが見えていないハルやリリアには何と説明すべきだろうか…。


「派手にやったわねぇ」


 そんな考えを巡らしていたところで聞き慣れた声が聞こえた。


 クレアやエンコが戦っている方向とは別の方向から歩いてきたのはカスミだった。


「カスミ!」


 自分より先に声をあげたのはハルだった。そう言えばこの二人は同じモノクロームだったっけか。


「カスミも無事だったか。その様子だと勝ったみたいだな?」


「まぁね。さすがにガライの相手はちょっと骨が折れたけど」


 なるほど、カスミがガライを相手にしていたのか。何はともあれよかった。これでハル、カスミ、リリア、フェリィ、ついでにエンコとクレアも全員無事だったということになる。


「まさか、あのガライ隊長を倒してしまうなんて…カスミさんって一体何者…?」


 リリアが驚きを隠せずに呟いた。



「何者って、そりゃ……」



 そのとき強烈に嫌な殺気を感じた。カスミが歩いてきた方向からだった。


 次の瞬間にはカスミの話が止まった。


 その代わりにカスミの腹部から本来あるべきはずのないものが飛び出していた。


 鈍く光る刀身だった。


 その場にいた誰もが、何が起こったのかわからなかった。


 ただカスミだけが動くことを許されたような静寂に包み込まれていた。



「こ…これはガラ…イ…の…?……そ…そんな…はずは……」



 カスミはその場で膝をつき自分のきた方向を振り返る。


 そこにはさっき確実に死に至らしめたはずのガライと、見たことのない一人の男が立っていた。



 キャー―−―!!!



 一瞬の静寂の後、状況を飲み込めた受験生の叫び声を皮切りに時間が動き出した。



「まずっ…たなぁ…ごめん…、ソウ…後はよろしく」



 カスミはその場で倒れながらそう呟いたのだった。

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