051.跳躍

 ――総司のアイスアローがミハルとリリアを凶刃から救う少し前。


 カスミはガライのライトニングを避け続けていたが、次第に二人の距離が開き、間合いが延びたところでガライが魔法を撃つのを止めていた。この距離なら無駄撃ちになる可能性が高いという判断だった。


「どうした。逃げるだけでは俺を倒せんぞ?それとも時間稼ぎか?もっとも状況はこちらの方が有利そうだが」


 ガライがミハル達の方を見やって言った。分かりやすい挑発だった。


 遠距離攻撃ライトニングばかりでよく言う、と思わなくもなかったが、命のやりとりをしてるところで遠距離攻撃がズルいとも言えない。少なくとも暗殺を担うこともある自分が言えた義理ではない。


 それにガライの言うとおり時間を稼ぐ事が有効でもなくなってきた。何故ならミハルやエンコ隊長が、雷鳴隊だけでなく、紅蓮隊まで相手にし始めたからだ。それにしても不可思議な状況だ。何が起こっているのだろうか。


 (でもガライから紅蓮隊や雷鳴隊を操っている気配はない。やはり別の何か…?)


 そのとき不意に刺すような視線を感じた。咄嗟に辺りを見回したがそれらしい気配は何も見つからなかった。気のせいだろうか。


 それにしても全く嫌な状況だ。稼業としても情報収集してから万全を期して取り組むことが基本のところ、完全に後手に回っている感じだ。


「来ぬのならこちらから往こう……雷鳴剣」


 そう唱えると、ガライの手に持っていた剣に雷が帯びていった。あの様子からすると斬撃を小太刀で受けたところで雷が伝わってくるだろう。つまり防御不能の攻撃だ。


「久しぶりに歯ごたえのある戦いだったが、そろそ終わりにしよう」


「……そうね。終わりにしましょう。あなたに構っている暇はなさそうだし」


 そう言って小太刀を構えたカスミをみてガライは嗤う。


「ククッ…まったく…惜しい女だ…ぜ!」


 ガライが地を蹴った。同時にカスミも動き出す。


「ライトニング!!」


 走りながらガライがライトニングを放つ。だが本気で当てるつもりはなくカスミの逃げる方向を誘導するかのような攻撃だった。カスミは誘導されるがままに避けながら徐々にガライとの間合いを詰まっていく。


 ここまではガライの思い通りの展開だった。ガライは剣を構えるとこちらに向かってくるカスミに剣を振るう。


「サンダーウェーブ!!」


「ッ!!」


 薙ぎ払われたガライの剣から横一線に広がるような雷がカスミを襲った。


 初見の魔法だったが、カスミの鍛えられた反射神経でジャンプ一番、空高く跳んで躱した。


「……終わりだな」


 空高く跳んだカスミを見てガライは思わず笑みをこぼした。完全に自分の掌の上だ。温存していたサンダーウェーブを躱したのは流石と言えよう。だがそれは完全に失策だ。さすがのカスミも身体が宙にいる状態では無防備にならざるをえない。


 ガライは素早く二撃目に備えて剣を構えた。もはや宙にいるカスミに躱すことはできないはずだ。


 宙に跳んだカスミはそのまま体勢を立て直し、再び攻撃の構えをとるガライの方へと向かっていった。



 そして、数秒と経たぬうちに交錯する。



 そのとき、カスミが小さく口を動かした。



影分身ドッペルゲンガー



 ガライが空から落ちてくるカスミに対して力を込めた二撃目を振り始めた瞬間、ガライはカスミの身体が二重にぼやけたように見えた。


 そして次の瞬間には完全に二人のカスミが空中からこちらに向かってきていた。


「何ぃっ!!!」


 ガライが驚嘆の声を上げる。が、振り始めた攻撃は止まらなかった。


 しかし、ガライも豊富な戦闘経験があった。こうなれば二人もろとも斬り捨てるしかない。咄嗟にそう考えて、わずかに狙いを広げて二人を巻き込むように剣の軌跡を変えていく。


 すると、二人のカスミの方も空中で体勢を変えていった。一人のカスミが両手を組んで土台をつくり、もう一人のカスミがそこに片足を置く。


 ガライの目には走馬灯のようにゆっくりとその様子を捉えていた。


 空中でさらにもう一段跳躍したカスミ、その反動で地に落下していくカスミはそれぞれガライの二撃目を躱した。


 二撃目を振りかぶって体勢が崩れたガライの頭を跳び超え、背後にまわったカスミはそのままガライの後ろから小太刀で正確に心臓を突き刺した。


「……ここまで…か」


 ガライは絶命し、そのまま地に崩れた。


「ちょっと相手が悪かったわね」


 カスミはガライから小太刀を引き抜くと血を払って鞘に収めた。


「ふぅ……さて、あっちは……と。……なんだ。ようやくご登場ですか」


 まったく、もっと早くきなさいよね。


 そうブツブツ言いながらカスミはミハル達の方へと駆け出した。

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