008.成長

 あれから三年。


 色々あった、の五文字で済ますにはあまりにも淡白すぎるほどたくさんのことがあった。


 エルフの住環境を整えたり、獣人族の縄張り争いに巻き込まれたり。これらのエピソードについては、そうだな。最後かもしれないだろ?ってときに全部話しておきたいと思う。


 もう何山目だろうか。山の数え方が合ってるからは定かではないが転々としながら、今は凡そ世俗と離れた山奥の村に居を構えていた。早いものでそれも一年ほどになるが、そろそろ終わりにしようと考えていた。


「えー、出ていっちゃうのー?」


 話しかけてきたのは村の子どもだ。遊んでいるうちに仲良くなっていた。


 もう村を出て行くことについては話が広まっているようだ。村長や一部の村民にはすでに話していたが狭い村だから噂が広まるのもあっという間だ。別に隠すことでもないけれど。


「ああ、そろそろ社会貢献でもしたいと思ってな」


「もっと遊んでよー!」


 そう言いながら村の子供が投げてきたクナイを躱すと同時に受け止める。


「一応言っておくけど、村の外では普通こんな危険な挨拶はないからな?」


 今ではもう手慣れた挨拶がわりだが、初めは驚いたものだ。先端は丸めて殺傷能力は押さえているものの、当たれば悶絶ものだ。いや、悶絶ものだった。


 おっと、説明が遅れた。どうやら流れ着いたこの村は代々密偵スパイを稼業とする一族の村だった。日本で言うところの忍者の隠れ里みたいなものだろうか。クナイなんか使うあたり特に似ている。幼い頃から英才教育を施され、潜入術だけでなく暗殺術なんかも教え込まれる。遊びで投げてくるクナイも半分は修行なのだ。


 かといって彼らが冷徹で好戦的というわけではない。修行の最中に誤って危害を加えてしまった旅人を介抱するくらいには優しい。


「だって、まさかこんな山奥に人がいるとは思わないじゃん」


 とは、熊と間違えてクナイを投げつけてきたカスミの談である。


「でもなんか熊よりも、もっと化け物ものが近づいてきた気配だったんだよ」

 

「失礼な。こんな平和主義者をつかまえて」


「山籠りの修行にきた人が言う台詞じゃないわよ」


「いや、自衛できるぐらい、もう少し言えば自分の目の届く範囲の人を守れるぐらいの力でいいんだけどな」


 こんな軽口を言い合えるカスミはこの村に滞在することになった原因というか張本人というか。村長ヒエイの娘で年は一つ上だ。中身的にはこっちがだいぶ上だけれど。頭の回転も早く考え方も大人びていて話はしやすい。


 え?外見はって?


「見目麗しい黒髪お姉さんよ」


「俺の心の声に反応するのはやめろ」


 とまぁ、確かに美人ではある。よくスパイ映画の主役は美人と相場は決まっているが、単にフィクションだからというわけではなく、やっぱり美人でないと都合悪いこともあるのかとも思う。それはさておき、美人すぎるスパイなんて記事の見出しがあったらカスミのことじゃないかと連想するぐらいには整った外見である。まぁスパイが報道されるようになったら世も末だが。

 

 兎にも角にも外見は文句なし、それでいて性格もさっぱりしていて好感がもてるとなると、なんという無双感。そんなところに、愛人でもいいぞ、なんてヒエイから言われると、え、マジで。なんて思っちゃうのを責めることはできないだろう。ふらっと現れた言われも知らぬ者に娘をやろうとするなんて後継者問題はどこも深刻らしい。


 とりあえず返事は有耶無耶にしておいた。日本人のスキルとも言える曖の昧だ。まぁ酒の席だったしヒエイもどこまで本気かはわからない。少なくとも自分の身の上のことはハル達の家族に恩返ししてからだろう。

 

 いろいろ説明してきたが、つまるところ何が言いたいかというと村を出る、ということなのである。


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