007.出立
夜明け。ロマンスドーン。
振り返るとそこには小さくなった街の姿があった。
「後でハルには怒られるかもしれないな」
書き置きは残してきたが、いきなり居なくなるなんて礼儀的にも最低なことをやらかしてきてしまった。特にハルの親には突然降って湧いた身寄りのない子供に空いてた家を貸してくれたという大恩もあった。
でもオールマイティを授かったときから、そこはかとない使命感とどうしょうもない衝動があった。子どもの身で街を出ると言っても引き止められることは必至。そうなると黙って出てくるしかなかった。とりあえず一人前になったらいの一番に恩は返すことにしよう。
さて、これからは武者修行の旅だ。
一抹の不安と寂しさはあるが後悔はない。ワクワクとドキドキが止まらないと言うと月並みな表現になるが、もう少し具体的に言えば脈が早くなって、呼吸が荒く、胸が高鳴って、って更年期じゃあるまいし。
なんてひとりツッコミをいれるくらいには舞い上がっていた。そう、舞い上がる、というのが一番しっくりくる表現かもしれない。だって(中身的に)三十五歳になっても男の子だもん。
「にしてもどこに向かおうか」
修行と言えば山籠りと相場は決まってる。
昔の偉い人は言いました。テンプレは大事にしなさい、と。
……誰の言葉だ?
まぁ、とにかくだ。山でモンスターをハントしながらサバイバル能力を高めよう。リアルに肉のまわし焼きをするんだ。
そう思い至ると近くの山を目指して歩みを進めた。
「結構奥まで来たかな」
日が一番高いところを通り過ぎた頃。入山して暫く進み辺りは完全に緑に囲まれていた。
「腹減ったな」
早朝から歩き続けて程よい疲労感を感じていた。そろそろ休憩がてら腹ごしらえにしたいところだ。
ガササ……。
タイミングよく、前方の草むらからウサギ型のモンスターが顔をだした。アルミラージだ。ほんとにタイミングいいな。
すまん。お前に罪はないが食物連鎖という大義名分のもと狩らせてもらう。
ブラックベアを撃ったときと同じ要領で想像する。
「前回は炎だったから、今度は…」
今回は弓は出さず、槍投げの要領でそのまま投げつける。
矢はアルミラージ目掛けて真っ直ぐに飛んでいくが、ブラックベアに向けて弓で放った炎の矢をほどは速くなく、危険に感づいたアルミラージに躱されてしまう。しかし、魔法を行使したことによる倦怠感はさほど無かった。
なるほど。分かったことが二つある。
一つは弓の方が遠くまで速く飛ぶ、という自分の常識がそのまま魔法の威力となっていることだ。やはり想像力が威力に直結する。ということは仮に矢を手で投げても速いと思いこめばあるいは威力は上がるかもしれない。だが、それが弓で弾いたもの以上となると固定観念があってなかなか想像が難しい。ただ腕力を鍛えて肉体的能力が上がったと自覚すれば投擲でも威力は上がるかもしれないな。
もう一つ、これは聞いたことがあったし、既に経験済みでもあるが派手な魔法はその分消耗が大きいことだ。まぁ常識的に考えると疑問はない。オールマイティの恩恵で魔法で色々なことができそうだが、ソロプレイで昨日みたいに気絶なんて、そのまま死んでもおかしくない。派手に散れェ!なんてどこかの道化の如くぶっ放していると命がいくつあっても足りないというわけだ。慎重に限界を見極めねばならない。
なんて上手く整理したところで話は終わらない。
怒ったアルミラージはその尖った角を武器にこちらに突進を始めていた。
大型のアルミラージの角は岩をも貫くと言われ危険だ。対峙しているアルミラージは小型だが、そのツノは冒険初心者ならば、スキルを得るまでの自分ならばあるいは脅威だったかもしれない。
迫りくるアルミラージに向かって、今度は風を想像して投げつける。いわゆるカマイタチ。真空の刃だ。
こちらに突進して距離が縮まっていたアルミラージは今度は躱すことができず、あっけなくその首が落ちた。
慣れない殺生にもかかわらず思ったほどのショックはなかった。
今回は直接手を下しただけで、これまでもどこかの小さな命を何らかの形で享受していたのだ。そして生きている限りこれからも同じだ。感謝して自分の血肉とさせてもらおう。たどたどしい手つきで解体をはじめ、火を起こす。
しかし、あまりにも簡単すぎた。命を奪うことに慣れ過ぎないようにしないとな。
目の前で焼き上がっていく肉に両手を合わせながらそんなことを考えるのだった。
そして、三年の月日が経った。
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