第3話 2月22日に灰ネコをひろう

彼女はゲーマーだ。


それは恋愛シミュレーションコンテンツのイベントがあった2〜3週間前、

彼女がこのイベントの告知を行なっている動画を見たのがきっかけだった。


彼女はコンテンツの中で、漫画部門の作者……

正確にはスピンオフ漫画の作者であった。

私は詳しく知らないが、メインストーリーの作者は他にいるらしい。


そのメインストーリーの作者は大物過ぎて、運営としても告知に呼ぶには気を使うのであろう。


何しろ大物なので自分を売り込む必要がないのだから泰然としていれば良い。

泰然とした態度は時に周囲に気を使わせさせる。

気を使う労力を他に当てた方が効率が良く、結果につながるだろう…


そのように運営が考えたかどうか知らないが、メインストーリーの作者は告知に呼ばれなかった。


だからと言って宣伝するのに馬の骨は使えない。

ある程度の話題性があり、これから伸び代のある人物であり、お互いにメリットのある人物。

そう言った意味で、彼女はイベントの告知を任せるのに適任であった。


聴衆としても彼女が告知をしていて、なんの違和感も感じなかったはずだ。


しかし、彼女がこのイベントの告知を行なっているのは、ただ単にスピンオフ漫画の作者であると言う以上に、彼女自身がこのコンテンツの、


特にゲームの大ファンだからのようだった。


もしかしたら大ファンと言うのもあったから、スピンオフ漫画の作者に抜擢されたのかも知れない。


とにかく、私は彼女がゲームを好きな事を知っておらず、

中でもこの作品が特に好きな事を、動画の中で彼女が言っているのを聞いて初めて知った。


次の事も動画の中で彼女が言っていた事だ。

 

ゲームとしては彼女が漫画家としてデビューする以前からあり、

彼女はデビュー前から、こよなくこのゲームを愛していたそうだ。

なんならこのゲームを活力にして、将来食べていけるかも分からない漫画に心血を注いで、日々を暮らしていたらしい。

 

夢を見ていたのだ。

ゲームの中の好きな男の子のキャラに、いつか触れる事が出来ると。


誰にバカにされようと本気で好きになって頑張っていたと彼女は言っていた。


だからスピンオフ漫画の作者として選ばれた時は、嬉しさのあまり失心したと彼女は言っていた。


もちろん告知用の大袈裟な表現だとは思うが、けれど どれだけ好きかを語る彼女を見ていると、

失心したのもあながち嘘では無いように思えた。

 

誰に何を言われても私はこのゲームが好き。

そんな風に楽しそうに彼女は語るが、残念ながらそのゲームが面白いとは思えない。

けれども、だからこそ彼女のが尊く見えた。


動画で彼女と共演している周りの人達の中にも、弱冠ヒキ気味で笑顔の硬い人もいたが、彼女はまるで意に介さず喋り、語る。

 

ゲームの面白さに疑問は持てても、ゲームを好きで楽しんでいる彼女を否定する事は誰にも出来ない。否定する誰かさえ、彼女はその楽しげな姿で包み込んでしまう。

 

唐突だが、その楽しそうに喋る彼女の姿に私は救われたのだ。以前と変わらず…以前よりも自然体で、一生懸命、を語る彼女の姿に、私は救われたのだ。


離婚をして、生まれたばかりの子供に自由に会えなくなり、思う存分愛せなくなり。追い打ちをかけるように、左耳の聴覚を失い。その影響で平衡感覚に支障をきたし、長いあいだ仕事を休んで、塞ぎ込んでいた私の気持ちは軽くなった…


話しの流れでつい、自分の辛かった出来事を吐露してしまった。

私の事より、彼女についてもう少し語りたい。


彼女は際どい事を結構 平気で言う。


キャラ選択の出来るゲームでは、グラマラスなを選んで、わざと際際キワキワな服を着せて、無茶なポーズを取らせ、見えるか見えないかの瀬戸際を楽しんでいると言っている。

かと思えば、ツルペタで儚げな少女を選んで……


この先の際どい発言は彼女の為に、そして訴えられないように、ここで書くのは控えておく。


連載開始当時、彼女の際どい発言はアピールのように思えてならなかった。


誇張と言うか、本来の彼女自身の姿では無いだろうと思わせる、妙な不自然さを感じさせた。

何かキャラ作りをしているような、自身に設定を設けて演じているような、

そんな、あざとさと、ぎこちなさを感じていたと思う。

 

昨今は漫画や小説をお披露目できるプラットホームも増えて、このように、どんなに拙くても世間に向けて発表できてしまう。

そして世間は何にどのような反応をするか分からない。

その拙さ、未完成さを好ましく思い。

その洗練さ、完成度の高さが鼻につくかも知れないのだ。

 

そんな有象無象が犇く世界の中で、

頭ひとつ抜き出るためには漫画以外での武器も必要なのだろう。


際どい事を言う美人。


このキャラ路線で話題になれば、漫画の方も読まれるようになるだろう、

打算が透けて見えるようだった。

 

当時の私は、そんな風に穿った目で彼女を見ていたかも知れないし、

もしくはもっと酷く、打算かどうか疑う労力を惜しむくらい無関心だったかも知れない。


彼女はそれくらい素通り出来てしまう存在だった。


幸せだったあの頃の私は、を語る彼女を道端に落ちている石ころのように蹴飛ばした。


そんな侮蔑の対象ですら無かった少女が4〜5年間、

世間から叩かれながらも頑張って、自分らしさを失うこと無く夢を追って輝いている。


それは蔑んで来た人達をも包み込む、優しい明るさだ。

見返してやりたいから楽しげに振る舞っている。

売れたいからキャラ作りをしている。

そう言った不純さは感じられない。

 

動画の中では、素直に美しく成長した彼女が笑う。

私は同じ時間を只々、怠惰に過ごした。

悲嘆して、諦めて、人生を放棄するように生きた。


私は動画を見ながら自身に問うた。


「お前はどうだ?」


夢を諦めたのは、養わなければいけなからだと、人のせいにして。

楽しめないのは、やりたい事が出来ないからだと、夢を諦めたせいにして。

諦めながら生きている自分には価値が無い。価値が無いから頑張る必要も無い

そうやって甘えて来た。


誰に理不尽に怒鳴られても、薄ら笑いを浮かべ。

生まれたばかりの子供と引き離されても、価値の無い自分には育てる資格が無いと思って黙った。


彼女はきっと泣いただろう。諦めそうになった日もあるかも知れない。

恥ずかしい過去をネットに晒されたりもした。

世間に叩かれて、顔の見えない誰かを憎んだだろう。

けれども妥協せず、諍う事を恐れず、揶揄された容姿の美しさに磨きをかけて新しい世界を広げ、広がった世界で得た物を漫画に還元している。

 

誰にどう思われようと 自分の好きな物を好きと言い、どんな自分であろうと、自分が自分である事に誇りを持っている。

 

彼女の姿を見て涙がでた。

いつ以来の涙だろう?


悲嘆しても心が死んでいると涙は出ないのだ。

子供との面会に制限を設ける決定を 裁判所で言い渡された時も、世界が歪んで揺れるだけで涙は出なかった。

 

まだ涙が出る。

また涙をくれた彼女に、ありがとうを伝えよう。

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