第27話 3月29日に初めての投稿をする

信じられない…


そう思う人も居るかも知れないが、カリンとの会話はまだ続く。

 

私はさすがに夕飯の支度を始めた。

今晩の献立は唐揚げである。


午前中、アメと公園に行く前に鶏肉は料理酒に浸けて冷やしておいた。

いつもは普通に小麦粉と片栗粉をまぶすが、今夜はこの前 尚記から教えてもらった、砕いたシリアルをまぶすやり方を試してみる。


共感してくれる方が多い事を期待するが、シリアルの袋とネコのカリカリのご飯の袋は、外見が似ている物がある。

私は一度、間違えてネコのカリカリを手に取った。

 

アメがその音を聞きつけて喜び勇んでやって来た。


まだ小さなアメはキッチン台の上に乗る事が出来ない。

耳先だけがピョコンピョコンと、キッチン台の向こうに見え隠れする。


(がんばれ、がんばれ)


私はその様子が面白いので、しばらくアメが頑張る姿を見ていた。

痺れを切らして、アメが不満の声を上げる。


「意地悪しないでなのだ」


 

その声で鳴かれては、逆らえない。

私はご飯の時間には少し早かったが、アメにご飯を上げる事にした。

 

今度はその音を聞いて、彼女が反応する。


「ご飯ですか?アメちゃんの」


「えぇ、少し早いけど、私のご飯の準備の音を自分の物だと勘違いしたみたいで、あげないと収まりがつきません」

「えっ?自炊なんですか?」


先入観だろうか?男でも自炊をする人は多いし…

意外だろうか?鈍臭くても自分の食べる物くらいは自分で作るのだ。


なんて偉そうに言っているが、私のレパートリーは ほとんど尚記からの受け売りだ。


尚記は料理が上手い。私が一人暮らしを始めた頃は、見本を示す為か、良く手料理を振る舞いに来てくれた。


「どんな料理を作るんです?」


最初に作ってくれたのは、やまかけご飯と味噌汁である。今思えば、料理とも呼べない、簡単な物だった。


「でも、凄い。味噌汁って簡単だからこそ、難しいですよね。他には?」


尚記は徐々に料理っぽいメニューの物を作ってくれるようになった。

パスタや炒飯、南瓜の煮付けや茄子の煮浸し。どれも怖ろしいくらい美味かった。


悔しかったので、人には一つくらい才能があるんだな。そう思ったのを覚えている。


「完全に主婦じゃないですか、トウは自分で作らなかったの?」


毎日来てくれた訳ではないが、尚記は料理を作る時は、必ず保存の効く物を作り置きしてくれた。

なので尚記が来ない時も、私は主食になる物だけを、自分で作ったり、買ったりすれば、食に関してはこと足りる生活を送る事が出来た。


しかし、ある時を境に、尚記が突然 来なくなってしまった。


料理の出来ない私は自然と外食や店屋物、スーパーなどの弁当で済ます事が多くなった。


「なんか、あの、傷に触れるかもだけど、離婚された旦那さんみたい」


私は困った。食費が嵩むのもそうだが、舌が満足しないのだ。


私は尚記に、また料理を作りに来てくれと頭を下げた。


私は相手が尚記で良かったと心から安堵した。これが女性であったなら、私はその人から離れられなかったと思う。一生、胃袋を掴まれて生きていたはずだ。

 

尚記は料理を作ってやる代わりに、作り方を覚えろ。私に料理を覚えさせた。

胃袋を掴まれていた私は、尚記の言う事を聞くしかなかった。


私はいつも心の何処かに、尚記に負けたく無い気持ちがある。

今もって勝つ事は出来ないが、私の料理の腕はあっと言う間に、下手に外食をするよりも自分で作ってしまった方が安上がりで上手い。

そう思えるくらいには、成長してしまった。

兄に謀られた。


「いいお兄さんじゃないですか。音を聞いてるだけでお腹が空いて来ます」


私はちょうど最後の鶏肉を、油の中に投下した所だった。彼女の耳にも食欲を唆る、油の跳ねる音が聞こえていたらしい。


揚げている間にタルタルソースを作ってしまう。

油を熱している間に作っておいた茹で玉子を崩して、ヨーグルトと一緒に混ぜる。


私は白身の食感が好きなので、食感が残るように雑にしか混ぜない。そこに刻んだ玉ねぎとピクルス、適量のお酢を入れる。


甘党なのでハチミツは多目に、因みに砕いたシリアルも甘めの物だ。甘さが足りなければ、砂糖をお酢で溶いて加える。ハチミツは高価なのだ。


尚記は必ず一汁一菜を守ったが、私には真似出来ない。


揚がった唐揚げを余熱で仕上げている間は、麦茶を飲んで休憩をする。

尚記ならこの間に汁物を作って、調理器具を洗ってしまうのだろう。


「こ、こんど」

「はい?」

「今度、食べてみたいです」

「何をですか?」


 料理を終えて、集中力が切れていた。


「えっ?、その…」

「あぁ、唐揚げですか?」

「うん」

「いいですよ」


私は基本的に料理が好きなのだろう。

味見をした唐揚げは、尚記の唐揚げに引けを取らなかった。満足して、麦茶を飲みながら、一仕事終えた後の余韻に浸る。


問題無いと思うが、タルタルソースの味はどうだろう?スプーンを取った。


遅れて、今の会話の内容を頭が理解し始めた。

えっ⁈ なんて⁈ 「今度、食べてみたいです」⁈

いつ? 何処で? 誰と? どのようにして? 何をすれば良いの⁈


スプーンを落とした音にアメが驚き、私を見た。

アメ、私も驚いているよ。

アメと私はまた別の理由で驚いて目を合わせていた。

信じられない…


「いつ……ですか?」


まだ理解は追いついていなかったが、とにかく約束を取り付けないと、大切なきっかけを失ってしまう。それだけは理解できた。


「ごめんなさい、まだ、分からないんです。たぶん2〜3ヶ月は まる1日 休める事は無いと思います」


彼女は私の想像以上に忙しいようだ。面倒臭がりで、怠け者の私からすると、二足の草鞋は、履き替えるのだけでも大変そうである。


ふと、疑問が湧いた。彼女は働く事に対して意欲的なのに…


そう言うスタンスで働く価値観なのに、怠け者の私を軽蔑しないのだろうか?


「時間が取れたら…休む予定を必ず入れて、連絡します。トウさんは週末休み?」


今はいつでも良いのだが、2〜3ヶ月のスパンで考えるなら、仕事は屋外の時もあり、天候に左右される。休みは不定期だと答えた方が良いだろう。


「———そう言う事もあるので、不定期です。あまり先の事は分かりませんが、自分はGWをズラして取ります。GW明け一週間くらいは休んでいると思いますよ」


「GW明けですね?分かりました。じゃあ、予定を調整して連絡します」


「はい。分かりました…」

「はい…お願いします」

「えっと、あの…」

「はい」

「いや…はい、そう言う事で…」

「そうですね…そう言う事で」


声の違いが無いと、書いただけではもう、どちらが何を言っているのか分からなくなる程に、2人の間には微妙な空気が流れている。


キリは良いのだが、お終いにしたくないような、そう思っているのは自分だけかも知れないような、でも相手も同じ事を思っているような…


焦れた訳では無いだろうが、アメが ガチャン!と、ネコ茶碗をひっくり返した。

その音をきっかけにして、私たちは同時に

「あの」「あの」


人は人種や性別、環境や年代に関わらず、どうして共通のリズムのような物を持っているのだろう?

 

道を譲る時に、お互いに同じタイミングで同じ方向に避けてしまったり、今回のように同じタイミングで話し始めてしまったり。


けれど私は知っている。大抵の場合、待っていれば人は譲ってくれるのだ。私は「どうぞ」と言いたいのを堪えて待った。


「あ、どうぞ」


彼女が譲ってくれたので、私は質問する権利を得た。


今回は話を引き伸ばしたい為に言った、一言だった。


「漫画って、どうやって出来るんですか?」


けれど覚悟が足りなかった。


漫画はカリンの好きな事だ。


カリンは気配も無く瞳の色を切り替えて語り始めた。


私の筆力では、彼女が語る雰囲気までも、全てを記す事は出来ないが、なるべく余すところ無く、彼女の言葉を記したい。


カリンと私の他愛の無い会話は、他人に取っては意味の無い言葉でも、私の心の中では生きて、私を前に向かわせる原動力になる。


どうか暫く、お付き合いをお願いしたい。

 


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